開催か、中止か──。
どのような決断が下されるにしても、一つでも多くの何かを遺すため、あえて開催の是非自体を直接的に問うのではなく、「開催ならば、どんな東京オリ・パラにするべきか」をともに考えることにした。
スポーツジャーナリストの二宮清純に訊く。1988年のソウル五輪以来、夏冬合わせて8度の五輪・パラリンピックを現地取材している二宮から出た提案は、感染防止策と同等に大事な、基本的な視点だった。
毎日新聞と日本盲人会連合(現・日本視覚障害者団体連合)が2016年12月8日から16日にかけて共同で行ったアンケートによると、回答した視覚障害者(222名)のうち実に31.5%が駅ホームからの転落を経験していることが明らかになった。
回答者の約3人にひとりという数字に驚愕する。2010年から2020年にかけての死者数は18人に上る。
2020年11月29日には視覚に障害を持つマッサージ師の60代の男性が、東京メトロ東西線東陽町駅で線路に転落し、死亡した。
毎日新聞の記事には、こうある。
──ホームドア工事は終わっていたが、来年2月の稼働に向けた調整のためにドアは開いたままだった。駅員は、改札を通る男性が持つ白杖(はくじょう)が見えなかったという。駅には工事中であることを知らせる張り紙はあったが、視覚障害者に知らせる対応は取られていなかった──(2020年12月6日付)
2012年ロンドン・パラリンピック競泳(100メートル背泳ぎS11=全盲)金メダリストの秋山里奈さんは、現役引退後、都内にある外資系の製薬会社に勤務している。パンデミック以降はテレワークに変わったが、それまでは都心の本社に通勤していた。交通手段は地下鉄である。
彼女から以前、こんな話を聞いた。
「特に注意が必要なのはホームの端。白杖で慎重に確認するのですが、よほど深く探りを入れないと階段と間違えてしまうことがある。『ここは階段かな』と思って前に出ようとした瞬間『そっちは線路ですよ。危ないですよ』と駅員さんに止められ、ヒヤッとしたこともあります」
自らの経験を踏まえ、次のような提案も。
「これは視覚障害者じゃないと気が付かないかもしれませんが、実は階段の前の点字ブロックも線路の前のそれも、同じなんです。でも階段を踏み外した時と線路へ落ちた時とでは全然リスクが違う。できるなら分けた方がいいかもしれません」
転落防止策として最も有効なのはホームドア・ホーム柵の設置である。しかし国土交通省が2020年を目標に優先設置を求めていた10万人以上が利用する285の駅で、ホームドア・ホーム柵が設置されているのは、2019年末の時点で154駅にとどまっている。
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