店員がハンディ端末で取っていた注文は、顧客が自分で用紙に手書きする方式にした。店員と顧客の会話が減り、飛沫感染のリスクを軽減できる。
いずれも利用者に好評だが、反応が微妙なものもある。8月上旬に発表した「しゃべれるくん」だ。食事や会話の邪魔にならないように、紙ナプキンをすだれのように装着する食事用マスクだが、SNS上では「手軽」「画期的」と評価の声がある一方、「恥ずかしい」「そこまでして」という声もあがった。
実は社長の堀埜一成にとっても100%の自信作ではなかったらしい。「社内でアイデアを公募するとき、『食事をしながら口をふさぐ方法』と機能に落とし込めばよかったのに、『食事できるマスク』とモノで指定してしまった。私の失敗です」
ただ、後悔する様子はない。
「最初からみんなが喜ぶものより、不評なもののほうが改善して進化させられるからいいんです。そもそも早く発表したのは、このままではレストラン業がダメになることをみんなに気づいてほしかったから。『あれよりこの方法のほうがいい』といろんな人が知恵を出していけば、もっといいものが生まれるはず。批評家ばかりじゃ物事は進まないでしょう」
一連のコロナ対策に貫かれているのは、失敗を恐れず、試しては検証するという実験精神だ。堀埜は京大農学部の出身。「顕微鏡をのぞいてひたすら作業するのは嫌いだった」というが、実験の作法が身についた。
就職したのは味の素。当初は研究職としてがんウイルスの研究をしていたが、途中から工場のエンジニアに転身した。ブラジル工場の立て直しを任されたときは、調味料など1万tの増産に成功。100tあるタンクを並び替えて生産性を向上させた。一般的にラインを刷新するときは大きくて重たい設備を動かさずに考えるものだが、堀埜にタブーはなかった。「本社にいうとやらせてもらえないから、内緒でやった」。
ブラジル時代の工場長がサイゼリヤに転職して、堀埜を誘った。断り続けたが、創業者の正垣泰彦(現会長)と会食をして魅せられた。
「クリスマスイブに、ホテルで3万円のコースをごちそうになりました。会長は『まずいやろ。これは売るための料理やからな』という。常識の逆のことばかり言っていて、この人、おもろいなと。『食堂業と農業を産業化したい』というスケールの大きな話にも心を動かされました」