パンドラの箱を開けたトランプ氏。米大統領選という「熱狂」の爪痕

Mikael Törnwall/Getty Images

ファンドマネージャーとして巨額の資金を運用してきた異色の経歴を持つ作家、波多野聖。彼が書き下ろす歴史経済サスペンス小説『バタフライ・ドクトリン』から、「いま」という時代を読み解くシリーズの3回目をお届けする。

共和党ドナルド・トランプ大統領の再選か、民主党ジョー・バイデン前副大統領による政権奪還か──2020年アメリカ合衆国大統領選挙は、国を二分する大接戦となった。

結果、史上最多の8000万票を超える得票数を獲得したバイデン氏が勝利した。だが、注目すべきなのはトランプ氏もオバマ前大統領をも上回る、現職大統領として最多の約7380万票を獲得したことだ。

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トランプ氏は現職大統領として最多の約7380万票を獲得した(Getty Images)

トランプ氏は今(12月1日現在)でも敗北宣言を拒み、選挙の不正を主張し続けている。そして、彼の主張を信じ、我々のリーダーこそが真の大統領であると訴える支持者たち。その姿は、まさしく「熱狂」そのものだ。

今回はその「熱狂」について、アメリカ大統領選挙などを踏まえながら、波多野の考えを聞いた。


小説『バタフライ・ドクトリン』にも、人々を熱狂させ、先導するリーダーが登場する。今回注目するのは、5章5話「黄金の手触り」(Forbes JAPAN本誌 12月号掲載)の一部だ。

“求め従え! 求めよ! 那由多に!! 求め従え! 従え! 那由多に!!”
それは生成への震えなのか消滅への震えなのか……己の体の奥底から来る"震え"を信者たちは捕らえられぬまま、滂沱(ぼうだ)の涙を流した。

「那由多(なゆた)」は、教祖・培崘郷人(ばいろんごうと)が率いる謎の宗教法人として描かれる。培崘は、稀代の犯罪者・運天亜沙美(うんてんあさみ)が自ら引き起こしたブラックアウトによってパニックに陥った人々の前に現れ、那由多の教えを説く。恐怖に怯える人々はその存在と言葉に心を奪われ、考えることを放棄し熱狂していく。

人々を熱狂させる存在に共通する「断定口調」


前回のコラムでは、「カリスマ」には2種類いること、そしてそれぞれが違う特性によって人々を惹きつけることについて考察した。人を惹きつけたカリスマはいかにして熱狂を生むのか。

人々を熱狂させるのに有効なのは、スピーチや演説における「断定口調」だ。敵を名指しし、事実であろうがなかろうが強く言い切ることで、自信に満ちた自己を演出し、大衆を惹きつける。

トランプ氏もこうした断定口調を使う1人だ。ラストベルト(さび付いた工業地帯)の人々が貧困に苦しむのは、一部のエリート層や民主党政権に搾取されているからだと主張して支持を集め、4年前の大統領選を制した。

今回の大統領選挙における不正の主張も「断定」で行われている。郵便投票は不正だ、選挙で不正が行われている、我々は必ず勝利する──。「かもしれない」という可能性の示唆ではなく、事実かのように断定する。しかし、それが事実であるという根拠はあやふやだ。

世の中や自分の境遇に対して不満を抱く人々は、この手の断定に弱い。溜め込んだモヤモヤの原因をはっきりと言い切る姿が、自分たちの声を代弁してくれるように映るのだろう。こうして人々は、自分たちの代弁者に熱狂していく。
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構成=大竹初奈、編集=松崎美和子

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