経済・社会

2020.12.03 07:00

パンドラの箱を開けたトランプ氏。米大統領選という「熱狂」の爪痕


政治家が失った「品位や良識」


トランプ氏がアメリカを変えたことの1つが、ポリティカル・コレクトネス(political correctness)の喪失ではないだろうか。性別や人種、宗教などの差別・偏見を防ぐため、政治的・社会的に公正で中立な言葉を使う──そんな、政治家にとって当たり前だった“品位や良識”は、過去4年間であっけなく失われてしまった。

そもそもアメリカは、品位や良識を尊重する政治を建前上でも標榜してきた。80年代、中曽根康弘元首相が人種差別ともとれる「知的水準発言」をした際、アメリカで非難が殺到したことがある。当時、首相と蜜月関係にあった共和党のロナルド・レーガン元大統領でさえ、強い反発を示した。ポリティカル・コレクトネスが崩れてしまうと、アメリカ社会が成り立たなくなる。そんな気概が、当時のアメリカ政治にはあったのだ。

これは、WASP(ホワイト・アングロ-サクソン・プロテスタント)の価値観から来る。WASPとは、50年ほど前まで政治や経済の中枢にいた白人の中・上層階級だ。共和党のジョージ・ブッシュ(父)元大統領のWASPの家庭で育った幼少期のエピソードに面白いものがある。野球の試合でホームランを打ち意気揚々と母親に自慢した彼は、褒められるどころか、「チームは勝ったのか負けたのか」が大事だとひどく叱られたという。そんな組織や社会全体の洗練と寛容を追い求めるWASPの精神が、アメリカ政治の根底にはあった。

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ジョージ・ブッシュ氏(写真左)は厳格なWASPの家庭で育った(右は息子のジョージ・W・ブッシュ氏)(Getty Images)

その価値観を、トランプ氏は4年間踏みにじり続けてしまった。彼はまず、2016年のテレビ討論会でヒラリー・クリントン元国務長官を「嫌な女(nasty woman)」と言い放った。未来の大統領を決める公の場で女性を見下すような発言などあり得ない──半数の視聴者はそう驚いたに違いない。だが、もう半数は突飛な発言に歓喜し、拍手喝采した。影口でしか言えなかったことを堂々と公衆の面前で言ってのけ、蓋を開けてしまったのだ。

ポリティカル・コレクトネスは、政治家にとって守らなければいけない最低限のラインだった。国民を代表する政治家が品位や良識を欠く言動をし、人々がそれに賛同し支持する。こうした流れは、差別や偏見が飛び交う、分断した社会を生み出してしまうからだ。それをトランプ氏は、過去4年間で現実にしてしまった。
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構成=大竹初奈、編集=松崎美和子

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