バイデン陣営も国民感情に配慮
さきほど、「同情票」と簡便に書いたが、実は同情ともちょっと違う。ここにはなかなかひとことでは言えないアメリカの文化的背景がある。アメリカは、国の誕生の歴史から、「圧倒的な権威や権力」に対する反発感がとても強い。だからこそアンチ・トランプの嫌トランプの念は強力であった。
一方で、アメリカはハンディを負いながらも戦いに臨む者に声援を惜しまない。「アンダードッグ」という言葉がある。それは相手に対して勝ち目のないチームや選手を指すことが多いが、アメリカ人は映画の「ロッキー」シリーズによく表れているように、アンダードッグがとても好きな国民なのだ。
勝ち目のない者に同情するというよりも、勝ち目がなくても正々堂々と相手に向かって行く姿にとてつもない美意識を感じるという志向だ。それは、「選挙権が与えられないなら納税しない」と当時の大英帝国に立ち向かった、250年前の独立戦争に重なるものだろう。
今回の場合、トランプ大統領自身が感染というハンディを負った。すると彼はすでに「バイデンと拮抗する強靭な候補者」ではなくなり、むしろ病状によってはアンダードッグにさえなりうる。
トランプ大統領は現在74歳であり、コロナ感染の場合の死亡率は18歳から29歳の人に比べると90倍のカテゴリーに入る。そのうえ、体重が100キロ以上もある体は、さらに危険を高めている。アンダードッグの「資格」は十分と言えるだろう。
アンダードッグ効果をいち早く恐れたのか、バイデン前副大統領の動きも迅速だった。トランプ大統領が新型コロナウイルス感染の情報が飛び回ると、いち早くツイッターで、「トランプとメラニア夫人の早期の健康回復を妻とともに祈る」と呟き、さらに「わたしたち夫婦は大統領とご家族の健康と安全を祈り続ける」とまで書いている。
あれだけトランプ大統領に、(米国が世界一の死者を出したのは)コロナ対策の不手際が原因だと集中砲火を浴びせていたバイデン前副大統領だから、トランプ大統領の回復に言及しながらも、具体的に彼のこれまでの「新型コロナウイルスを舐めたような政策や、めったにマスクをしない彼自身の態様」を、この時とばかりに冷静かつロジカルに責め立てることもできたはずだ。
当然、バイデン前副大統領の選挙対策本部もそう考えたに違いなかった。実際、討論会でバイデン前副大統領のトランプ大統領への有効打は、ほぼコロナ対策の1点だった。
しかし、バイデン前副大統領は、新型コロナウイルスはおろか、一切の政治的なコメントを盛り込まなかった。むしろ、いまは相手が入院している間、自分が公的な場に出てキャンペーンを華々しく繰り広げることに躊躇している様子さえ感じられる。
これも、アンダードッグ効果をすでに恐れ、浮動票がトランプ大統領に流れぬようにと深謀遠慮したバイデン前副大統領側の戦略だと考えていい。ハンディを負った人間に不用意に拳を振り上げると、自分が得ていた味方さえも相手側に回りかねないというアメリカ国民の感情を考えてのことだ。
いま、大統領選挙の勝者を予想することほど、無茶なことはない。
連載:ラスベガス発 U.S.A.スプリット通信
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