「自然首都圏」が生まれる時代

1987年、筆者が米国のシンクタンクに着任したとき、深く感銘を受けたことがある。それは、そのシンクタンク傘下の研究所 で開催される会議に出席したときのこと。

シアトル郊外にある研究所の門を入ると、そこは大きな森の中であり、受付はリゾート風のコテージであった。チェックインを済ませると、その森の中のコテージが宿泊施設として提供されており、さらに、その森の小道を歩いていくと、所々に洒落たコテージがある。その入口の表札には「リスク管理研究室」「社会システム研究室」などと書かれており、その研究所は、森の中のコテージ群が全体として一つの研究所になっているのであった。そして、ランチタイムになると、研究員は、それぞれのコテージから小道を歩いて森の中央にある小さな湖に向かい、湖畔のカフェテリアのテラスで食事と懇談、そして議論をするのであった。

永年、シンクタンクの世界を歩んできた筆者であるが、筆者のシンクタンクというもののイメージは、実は、この研究所が原点になっている。

かつて、未来学者アルビン・トフラーが、著書『第三の波』の中で、未来の労働形態として「エレクトロニック・コテージ」というコンセプトを語っている。それは、まさに、森の中の住居兼オフィスが、大都市ともネットワークで繋がれ、人々が豊かな自然の中で生活し働くというライフ&ワークスタイルを描いたものである。トフラーの予見の見事さは、ネット革命が起こる15年前に、このビジョンを語っていることであるが、このシンクタンクの研究所は、文字通り、そのビジョンを先取りしたものであった。

筆者が、6年前、富士山麓の森の中に居を移し、生活と仕事をしているのは、この研究所での体験とトフラーの予見が背景にあるが、ネット環境の進化のお陰で、筆者の仕事は、全く不便を感じない。

実際、筆者は、米国のオンライン大学の教授も兼務しているが、米国だけでなく、フランス、ロシア、スウェーデン、韓国、パプアニューギニアなど、世界中の学生をオンラインで集め、この富士山麓の森の中から講義をしている。

そして、こうした豊かな自然は、想像力と創造力を刺激する環境でもあり、著作家としての筆者の仕事に絶好の環境となっている。ちなみに、この連載エッセイも、毎月、森の中で富士を眺めながら書いているが、森や湖、陽光や爽風、月や星空などの自然から想像力や創造力、直観力や洞察力を得る技法は、拙著『直観を磨く』にも記している。

しかし、こう述べてくると「自然の中で生活し、インスピレーションを得るというのは、芸術家や音楽家、著述家など、自由業の世界ではないか」と思われる読者もいるだろう。

だが、実は、これからの人工知能革命が加速する高度知識社会においては、企業に勤めるビジネスパーソンにも、人工知能では置き換えることのできない高度な能力、想像力や創造力、直観力や洞察力が求められるようになり、ストレスの多い都会を離れ、心安らぐ自然環境の中で仕事をするということが、大きな意味を持つようになってくる。
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文=田坂広志

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