キャリア・教育

2015.04.24 10:00

世界に広めたい「かっこいい日本、本物のニッポン」太田伸之 クールジャパン機構(株式会社海外需要開拓支援機構)代表取締役社長




世界が注目する日本の「かっこいい」を海外に発信し進出する企業や、日本に観光客を呼び込む企業にリスクマネーを供給するのがクールジャパン機構だ。
『Forbes JAPAN』編集長高野真が太田伸之社長に、日本の経済成長に欠かせない新たな需要を掘り起こすと期待される官民投資について、その戦略を聞いた。


高野 真(以下、高野):クールジャパン機構が設立されて1年4カ月ですが、日本を売り込む事業で成功した案件、または成功しそうな案件は何ですか。
太田伸之(以下、太田):どの案件も着手したばかりでまだ答えが出ているわけではありませんが、国の戦略として絶対に押さえなければと思った例があります。
2月にイマジカ・ロボット・ホールディングスと住友商事との共同で、米SDIMediaの100%株式を取得した案件がその一例です。字幕スーパーと吹き替えの世界最大手で、クールジャパン機構は日本円で70億円相当を出資しています。
日本の文化を海外に伝えるには、どうしても言葉が障壁になります。SDIは37カ国で事業展開し、80以上の言語に対応する仕組みをもっています。SDIをもつことは、日本のコンテンツの海外行きの切符を手にするようなものなのです。
高野:SDIの株式取得によって、今後、どのような展開が考えられますか。
太田:SDIによって、ローカライズのスピード、コスト、品質が改善され、安定的にコンテンツを供給できるため、日本コンテンツの海外展開が加速されます。そのうえ、販路拡大につながります。それに、全世界の主要メディアや製作会社がSDIの顧客になっているため、日本のコンテンツ企業はSDIを通じて、そうした顧客と取引できるようになるのです。
高野:それは面白い。では、映像ソフトに限らず、受け手である海外での需要を掘り起こすには、何かポイントはありますか。
太田:我々の案件には2種類あります。「投資してくれませんか」という持ち込み案件と、我々から営業に出て、「いまが追い風です。やりませんか」と持ちかける案件です。後者を積極的にやっている理由は、まずは日本の宝といえる本当にいいもの、かっこいいものを海外で広めたいからです。
我々は「空中戦」と「地上戦」と呼んでいます。空中戦は、ネットやテレビを通じて、日本の情報をもっと伝えようと。文化的なことも娯楽もニュースもプロ野球だっていい。日本の生の生活を伝える。それで日本に関心をもっていただくと同時に、地上では食べ物や商品を実際に買っていただく。その結果、「日本に本物を食べに行こう」といった動機づけになり、地方の山奥までも足を運んでもらえるのではないかという考えです。

かっこいいから高くていい

高野:私が難しいと日々感じるのは、日本人がいいと思っているものが、こちらの思い通りに伝わらないケースです。わかりやすい例が食べ物です。私は外資系企業で働いていたころ、よく海外の本社に土産としてカステラを持っていきました。喜んではくれるのですが、だいたいチョコレートペーストをつけて食べる(笑)。全然味覚が違うのです。理解してもらえるものと、そうではないものがあると思うのです。
太田:おっしゃる通りです。だから現地の事情に合わせたほうがいいものと、合わせてはいけないものと2種類あると思います。クールジャパン機構が出資する食関連事業に「博多一風堂」というラーメン店があります。パリに進出する一風堂の社長に、「麺は硬いままでいってほしい」とお願いしました。フランス人は軟らかい麺が好きで、パリのラーメン屋のほとんどは軟らかい。かつてはパリのイタリアンもパスタは軟らかすぎるほど軟らかかった。一風堂は「なぜ硬いんだ?」と言われたら、すぐ変えるのではなく、きちんと硬い理由を説明して、進出してほしいのです。
高野:硬いラーメンの麺が本質的においしいのですから、それは受け入れられると思います。一方で、受け入れられないものもある。例えば、日本的なわびさびとか、着物のよさなどは、外国人にその本質が理解されるかはわからない。珍しさで受けるかもしれませんが、本当の意味で文化の伝達が成立するかどうか微妙な案件があった場合、ビジネスとしてどう判断されますか。
太田:私は投資の条件は3つだと言っています。第一にリーダーとなる中心人物に哲学と情熱があるか。二番目に、その案件は本当に文化的な「日の丸」なのか。三番目はその日の丸の旗がパタパタとなびくのか。ビジネスだから失敗することはあります。ただ、3つの条件が揃わないならその投資はやめておいたほうがいい。
例えば、日本のお茶文化を世界に広めたいという案件があるとしましょう。お茶だけを売るのではなく、お茶を楽しむ生活を含めて売り、なおかつそれをかっこよく展開してほしいのです。とにかくかっこよくがポイントです。コーヒーの世界でいえば、スターバックスが見本でしょう。タバコは吸えないし値段は少々高いけれど、店内は広めでかっこいい。これは文化です。
一方、日本人はすぐ効率を優先して、お客さんのことを考えて何でも安くした方がいいと思っている。タバコも吸えるようにしました、値段も下げました、席も狭いですが増やしました、と。しかし我々は、かっこいいから高くなる、これをやろうと言っているのです。クールジャパンにとって一番大事なのはそこなのです。
高野:まさにその点は重要だと思います。日本がもつ文化やブランドを安くしてあげるのではなく、価値を認め、その価値に対して適正なプライスをきちんと付けてあげる。ここが重要だし、3年前だとできなかった。安くていいものをつくろうという風潮だったからです。しかし、いまの時代には合わなくなってきました。いいものはいい価格で売る。それが可能な風潮になりつつあると思います。
太田:絶対にそうだと思います。クールジャパンというのは、“姿勢”だと思うのです。「わけがあって高くなりました。お嫌だったら、買うのはやめてください」でいい。電卓を叩きながら、無理をして「あといくら下げたら買ってくれますか」という交渉をしてはいけない。自分たちがもつ哲学と商品の背景にある物語を下手な英語でもいいから説明して、理解されなければ、ご縁がなかったでいい。
喧嘩しないで握った握手は弱い。喧嘩して「出てけ、おまえ!」と言って握った握手は絶対に強い。実際、僕はそうやって商売をしてきましたから、そう確信している。これこそクールだと思います。

パリコレは日本の素材あってこそ

高野:クールジャパン機構は、食やサービスだけではなく、地方の伝統技術など「技術の輸出」についてはどう取り組まれているのですか。
太田:私どもは技術そのものよりも、日本の技術を導入したおかげでよくなった商品をどう売るかということに注力します。
たとえば繊維業界では、政府はこれまでいわゆる補助金を組合単位、産地単位に渡してきましたが、業界全体としての衰退を止められませんでした。
ところが面白いことをやる、新しい商品を開発するという企業に個別に出したところ、補助金を受けた会社が成長し、パリコレのトップブランドから注文が殺到しているのです。日本の素材がなかったらパリコレは成立しません。ランウェイの横で「あ、日本が歩いている」とすぐにわかります。日本製生地を7割使っている人気ブランドもあります。そしてプリントも日本製はすぐわかります。くっきりと鮮やかで、ぼやけていないのです。
高野:補助金の出し方ですね。どの部分にクールジャパン機構の役割があるのですか。
太田:私どもは補助金を出すのではなく、投資するのがミッションです。例えば、ファッションの分野なら、日本の技術を提供する会社を海外につくるようなプロジェクトも私どもの投資対象になり得ます。日本の技術にもっと誇りをもって、いつでも現地で対応できるようにしたい。たまに海外に出かけて注文をもらってきて、あとは途切れるという商売のやり方ではなく、現地に拠点を置いて、「いつでもオーダーを受けますよ。どうぞこちらにいらしてください」と、日本の技術を売るのです。
高野:拠点があるというのは大きいです。ほかの分野でも同じことがいえますね。
太田:飲食の分野で、シンガポールに大衆日本食を提供するジャパンフードタウンをつくるために投資をします。腕はいいけれど零細のレストラン事業者の集合体です。私どもが出資することでシンガポールで事業を始めることができる。また、私どもの出資を受けたという事実が「お墨付き」となり信用が増して、大会社からの出資につながった事例もあります。
ただ、出資にあたっては条件があります。きちんと本物の日本食を提供できない店、行列ができない店は退去してもらいます、と。それは護送船団にならないためです。繊維も同じで、日本の先端技術をもち、いいものをつくって高く売ろう、そのための仕組みをつくっていこうという意識の高い会社と組んでいきたいのです。
高野:ファンドである以上、投資をされているわけですからある程度の目標リターンや、何かあったときに資金を引き揚げるというルールはあるのですか。
太田:大きく儲けなくていいから民間には負えないリスクのある投資を行い、投資先が儲かるまで経営を補完して儲かるようにするのが私どもの仕事です。
もうひとつ大事なことは、案件と案件をつないであげるということです。
高野:ネットワークですね。
太田:はい。ただラーメン店を出すだけでなく、かっこいいラーメンダイニングをつくって、日本酒も一緒に広めてくださいとお願いしています。一風堂に日本酒を普及させるためのプラットフォームになっていただくことも含めての投資決定なのです。

ビジット・ジャパンは国をあげて

高野:日本への呼び込みについて、中国、台湾からいっぱい来て“爆買い”してくれること自体はいいのですが、ヨーロッパからはあまり来ていない。それは彼らが日本に対して興味をもっていないのではなく、日本の側が来てもらう努力をしていないのではないかと思いますがどうでしょう。
太田:その通りだと思います。努力はしているかもしれませんが、みんな小さなジャブで終わっている。昨年、パリの百貨店「ボン・マルシェ」が全館で「ジャパン展」をやりました。全館クールジャパンです。これは東日本大震災を機にフランス人が「日本のために何かしよう」と考えて、フランス人が自ら足を運んで日本のいいものを展示したのです。すごくかっこよかった。「フランス人はここまでやるんだ、俺たち日本人はどうする」と思いました。
彼らは1社だけとか点でことを起こすのではなく、面で攻めてくるのがうまい。例えば、F−1モナコグランプリとカンヌ映画祭をワンセットの大イベントにしている。名だたるフレンチのシェフが南仏に集結して、F−1と映画産業界に、食もコラボして、南仏に来てくれる人たちを虜にするのです。日本でも、国をあげてみんなが協力してプロモーションをすればできるはずなのです。
高野:点在する魅力を一堂に集めれば、予想しない楽しさが生まれる。インバウンド事業の好例ですね。
太田:私どもはあくまで投資会社ですが、ほかの省庁を含めて何か一緒に出せる知恵はないですかと発信しています。そういうことをオールジャパンでやらないと。ほかの機関、省庁などに声をかけ、ビジット・ジャパンをみんなで進めていこうと声をかけていきたいと思います。
高野:ポジティブに考えればやることがいっぱいある。ということは、効果的な機会があるということですね。
太田:私はそうだと信じています。掘り起こせばマーケットはまだまだいくらでもあるのですから。

三星雅人=文 伊藤 勇(レフトハンズ)=写真

この記事は 「Forbes JAPAN No.10 2015年5月号(2015/03/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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