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2020.06.22 11:53

新型コロナウイルス感染拡大で本領発揮した「平時のメッセージ」


人はすぐに「自分ごと化」できない


「エアロシールド」の開発着手は2006年とかなり時間を遡る。木原氏の父親である電気技術者の木原倫文氏が製品の開発に成功。当時、セブンイレブンジャパンに勤務していた木原氏が実家に呼び戻されて販売ルートを開拓することになった。寿彦氏が話す。

「この製品を開発するきっかけは、祖父が入所していた高齢者施設で肺炎が相次ぎ、亡くなってしまう方が続いたからです。施設内の空気を測定すると、肺炎を引き起こす浮遊菌が多く検出され、空気環境を改善しないと救える命も救えなくなると危機感を感じました」

エアロシールドは室内の高さ2.1メートル以上の壁面や天井に設置し、紫外線を水平に照射することで室内上部に紫外線の層を形成する。室内の空気は自然対流するため、紫外線の照射エリアを通過した空気が殺菌されるという仕組みである。紫外線が下方照射しない仕組みなので、紫外線による人体への影響はない。これはCDC(米国疾病対策センター)のガイドラインでも有効な空気清浄法として推奨されているUVGI(紫外線照射による殺菌)という方法だ。高い評価を受けた装置なのだが、話はそう簡単に進まない──。

「展示会でブースに立ち寄りいただいたある医療関係者から『うちはパフォーマンス的に何か設置しておくだけでいいから』という声を聞きました。つまり、見せかけでいいというのです。これはショックでした。自分の親や大切な人が過ごす空間と考えたら、こんなことは言えないと思います。感染対策への当事者意識が希薄で、当社の製品を売る以前にこういう方々の意識を変えることが大事だと思いました」

エネフォレストは社長の木原氏がトップ営業を行い、少数精鋭の体制で事業を継続してきた。入社10年目の社員、藤澤美江氏が言う。「私も社長に同行して営業の仕事を手伝うことがありますが、この仕事は関われば関わるほど感染対策は重要なテーマで、その重要性を伝えなければならないと思うようになりました。ただ、お金をかけて広告を出しても伝わらないことは分かっていました。出会った方々一人ひとりに丁寧に伝えるしかない。そう思えたのです」
画期的な製品ではあったが、組織を拡大せず、地道に感染対策の啓蒙活動を続けたという。

しかし、2016年、同社は九州ヘルスケア産業推進協議会が行う第三回「ヘルスケア産業づくり」貢献大賞の大賞を受賞した。さらに、ベンチャー企業のピッチイベントなどでも注目を集めるようになった。

「会う人会う人、『資金はどうされていますか?』と聞かれるようになりました」と、木原氏は言う。エクイティ・ファイナンスの話が多数舞い込んできたのである。資金繰りでは悩むことが多かったので、「乗っかれば楽になるかな」と思うこともあった。

ただ、前出の藤澤氏はこう振り返る。「出資の話を吟味しながら、社長が悩んでいる姿をずっと見てきました」と。

木原氏が考えたのは、自社の事業の本質は何なのか、ということだった。同氏はこう言う。「パートナーとして組むべき相手がいるとしたら、本気でこの市場をつくっていこうと思っている圧倒的に強い事業会社でなければならないのです」


写真=佐々木信行

赤字でも資金調達で事業を一気に拡大させるベンチャー企業は多い。しかし、「事業拡大が目的ではない」と彼は判断。エクイティ・ファイナンスの話はすべて断ってしまうのである。感染対策への意識が変わらないまま企業規模を大きくすれば、事業の本質がぶれると思えたのだ。

その後、顧客は徐々に拡大していった。介護施設に限らず、医療施設、保育園、病児保育施設、放課後児童クラブ、窓を開けて空気の入れ替えができないさまざまな場所(コールセンター、放送局、飲食チェーン、コワーキングスペース)……。そうして2017年、債務超過から脱したのである。

世に価値があるものは数多あれど、問題はその価値を人間は見ようとしないことだ。特に「平時」は「今、見る必要はない」という心理が邪魔をする。よって、商品やサービスの機能を丁寧に説明しても、あまり効果がない。

「聞く」ことで細部が詰められコンセプトは磨きを増し、伝わりやすくなる。冒頭で紹介したミツフジも「聞く」ことで、「自分ごと化できるコンセプト」を打ち出していく。
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文=藤吉雅春

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