日の丸を背負う側から応援する立場に回った昨秋のワールドカップ日本大会前には、ロックの最強コンビを組んできた盟友で、今年1月にひと足早く引退しているトンプソン・ルークへ夢と魂、そして友情が凝縮されたバトンを託し、日本中を熱狂させた快進撃を後押ししていた大野は「選手としてこれ以上はやり残したことはない」と万感の思いを募らせながら、愛してやまないラグビーに携わっていくと決めた第2の人生を歩み始める。
盟友引退の日、試合会場を訪れていた大野
盟友の最後の勇姿を、最も近い場所で記憶に焼きつけたかったからか、トップリーグが開幕して間もない1月19日、大野均は、2部にあたるトップチャレンジリーグの最終節が行われていた秩父宮ラグビー場を密かに訪れていた。
「ラインなどで『観にいくよ』とも伝えていません。とにかく、直接会いたいと思って」
お目当ては、近鉄ライナーズのロック、トンプソン・ルークだった。列島を熱狂させた昨秋のワールドカップ日本大会では、献身的かつ泥臭いプレーで、日本代表の悲願だったベスト8進出に貢献したトンプソン。彼は、栗田工業ウォーターガッシュとの最終節をもって、現役に別れを告げることが決まっていた。
先発フル出場した最後の一戦に勝利し、近鉄の全勝優勝で自らの引退に花を添えた直後だった。ロッカールーム前で「トモ、お疲れさま。ありがとう」と声をかけ、仲間たちやファンから「トモ」の愛称で親しまれるトンプソンを驚かせた大野は、会場を後にする際に、こんな言葉を残している。
「トモの引退は寂しいけれど、日本ラグビー界を盛り上げてくれた功労者と一緒にプレーすることができたのは、一生の誇りです。お互いに刺激し合える、素晴らしい人間と出会うことができました」
あれから5カ月あまり。日本代表で50試合以上もロックとしてコンビを組んできたトンプソンをねぎらった大野は、胸中にもうひとつの思いを秘めていた。5月22日に行われた現役引退会見。愛してやまないラグビーをやめるという踏ん切りをつけた理由と時期を問われたときだった。
「1年ほど前から両ひざの痛みが慢性化していて、昨年末には走ることも難しいほど悪化していました。1月にトップリーグが開幕したなかで、漠然ですけど『今シーズンが最後になるのかな』と思いながら過ごしてきました。長期にわたって治療を続けても回復が見られなかったなかで、昨年のワールドカップにおける日本代表の躍進に、そして東芝ラグビー部内における若い選手の台頭に頼もしさを感じ、選手としてこれ以上はやり残したことはないという思いを感じるようになりました」
両ひざの痛みをこらえながら、1月にトンプソンの引退試合に駆けつけたときには、数カ月後には自分もという決意をおぼろげながら抱いていたという。そして、42歳での現役引退を決意させた要因のひとつ、ワールドカップの舞台で日本代表が演じた快進撃と大野の間には、知られざる絆が紡がれていた。