元々世界のガストロノミーの流れは、世界中の豪勢で貴重な食材をふんだんに使うスタイルから、地域に根ざした食材を卓越した技と美意識によって調理する自然重視のスタイルへと大きく舵を切っていた。新型コロナがその流れを加速させるだろうという見方なのだ。
外食産業の経済的基盤は? 保険会社や国に補償の訴え
コロナ禍によって、世界中の外食産業が、その華やかさと裏腹に、驚くほど脆弱な経済的基盤に支えられていることに改めて気付かされた。世界最大規模と言われるアメリカの外食産業はGDPの4%を占め、1200万の雇用を生み出す重要な産業であるにも関わらず、多くの小規模なレストランは良くても10%程度の営業利益を確保するのが精一杯だという。
高騰する家賃や食材費のためキャッシュはほとんど留保できず、多くのレストランオーナーは時間的にも経済的にも余裕がない。非常時に政治的支援を引き出すロビイング力の不足も露呈している。
このリスクは3つ星レストランであろうと同様で、カルフォルニア州ナパのフレンチ・ランドリーのオーナーシェフ、トーマス・ケラーは1200人の従業員を解雇せざるをえない状況に陥った。
ミシュラン3つ星を獲得したシェフトーマス・ケラー(左)。華やかな世界のようだが、実情はどうか(GettyImages)
農家の人権保護は国連においても叫ばれているが、外食産業の人権保護は一体誰が手を差し伸べてくれるのか。そこでケラーは国ではなく保険会社を相手に訴えを起こした。現在はBIGというNPO法人を設立し、この非常時に支払いを渋る保険会社を相手取り、業界全体への大規模な救済策を本格的に引き出そうとホワイトハウスでロビー活動をしている。
日本でも大阪のHAJIMEのオーナーシェフである米田肇をはじめ、複数の団体が立ち上がり補償を求めて署名運動を起こすなど声をあげているが、7兆円規模の市場を誇り、世界有数の美食の国と称えられる日本でも同じような状況だ。文化的にも社会的にも成長が期待される外食産業は、元々構造的な変革を余儀なくされている業界だったと言えるのかもしれない。
外食産業が地域の基幹産業として重要視されているイタリアでさえ、この新型コロナの段階的な封鎖解除において再開が後回しにされている。
とはいえ、感染拡大のピーク時にもスーパーや小売店での食品やワインなどの販売は「不要不急」とはみなされず、人々は旬の美味しいものを食べるということを求め続けてきた。豊かな食材と、たっぷりと手の込んだ料理にかける時間、そして著名シェフたちによって惜しげもなくウェブに公開されたレシピがあれば、自宅でも十分美味しいものにありつけるということが多くの人に体験された。
さらに最近は自宅でもレストランの味を楽しめるデリバリーやテイクアウトという選択肢が新たに加わった。しかし付け焼き刃の安全管理で、食中毒のリスクや環境に配慮しない使い捨て容器が増えていくようであってはいけない。この点が改善されなければ、先はそう長くないだろう。
このような世界の変化の中で息が詰まりそうになる制約も多いが、果たしてレストランという場所は私たちにどのような価値を提供していく場になるのだろうか。