朝日新聞編集委員(朝鮮半島、米朝・日米関係担当)

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豪州の首都、キャンベラは計画的に作られた政治都市だ。低層の建物と樹木が整然と連なる。清潔感が漂う街並みは、米国の首都ワシントンを連想させる。小さな街に、様々な施設がコンパクトに収納されている。第1回で取り上げた豪戦略政策研究所(ASPI)から歩いて10分足らずの場所に、豪チャールズ・スタート大の施設があった。そこで、中国を巡る豪州世論の分裂を肌で体験することになった学者と面会した。

クライブ・ハミルトン教授。気候変動や経済に関する造詣が深く、豪州で名の知られた知識人の1人だ。旺盛な著作活動でも知られる。そのハミルトン氏の言論活動が注目を浴びたのが2018年だった。教授が発表した「Silent Invasion(静かな侵略)」の出版を巡って騒動が持ち上がったからだ。

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クライブ・ハミルトン教授(著者提供)

「Silent Invasion」は、中国による豪州企業の買収などに警鐘を鳴らした著作だった。同書では、豪州に移住した中国の富豪が豪州の政治家や大学に献金して影響力を行使したエピソードなどが紹介されている。そして、この動きは現在も続いていると、ハミルトン教授は指摘する。教授によれば、豪ニューサウスウェールズ州では19年、中国の億万長者による労働党への多額の寄付が収賄にあたる、という疑惑が持ち上がった。著作の発表以降、特にビクトリア州と西オーストラリア州で、中国共産党の影響力が強まっているという。教授は「両州政府が中国による投資を歓迎し、中国共産党に批判的なことを言いたくない状況に陥っている。中国共産党は、個人や団体を通じた政治献金によって影響力を強めているようだ」と語る。

「Silent Invasion」は言わば、時代を先取りした書物であったわけだが、ハミルトン教授は出版に至るまで大きな苦労を味わった。豪州の出版3社から、著書の出版を断られたからだ。

ハミルトン教授が最初に出版を持ちかけた会社は、すでに教授の書籍8冊を出版し、非常に良好な関係にあったという。「私が豪州における中国の影響力に関する本を出したいと提案したら、彼らも非常に熱心な態度を示してくれた」。しかし、本がほぼ完成したころ、この会社から教授に電話があった。「北京からの報復を恐れているので、出版しないことにした」と言ってきたのだという。

「大きなショックだった。他の2社の出版社も強い関心を示してくれたが、やはり北京を恐れて出版しないと言ってきた。最後にメルボルンの小さな出版社が『私たちは自由な言論を信じている。私たちがこの本を出版する』と言ってくれた」

文=牧野愛博

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