近松門左衛門は桑田佳祐、文楽はサザンだ!|トップクリエイターが語る「文楽の効能」

広告クリエイターの嶋 浩一郎氏(博報堂ケトル取締役/クリエイティブディレクター・編集者)

広告クリエイターの嶋 浩一郎氏(博報堂ケトル取締役/クリエイティブディレクター・編集者)

オレ、ぬるい仕事してんな──。日本を代表する広告クリエイターをしてそう思わしめる舞台芸術、人形浄瑠璃文楽。博報堂ケトルの嶋浩一郎氏は、文楽作品の中でも「時代物」と呼ばれる演目に、とりわけクリエイティビティを刺激されているという。

「ダメ男」ほど共感を呼ぶ


企業PRの最前線で活躍する嶋浩一郎が、文楽に通い始めたのは約20年前。

当初、シンパシーを抱いたキャラクターがあった。近松門左衛門の代表的な世話物作品などに登場する、どうしようもない「ダメ男」だ。

「世話物の男の主役といえば、だいたいダメ男です。とんでもない借金をして、しかもその金で『なんでこの女に手ぇ出しちゃうかなあ』という相手に手を出しちゃう」

世話物とは、江戸時代における現代ドラマ、商人・町人が登場する街場の物語だ。嶋も、世話物のほうが感情移入しやすく楽しめていたという。

ところが近年、「時代物」が俄然、面白くなってきたと語る。

時代物とは、江戸時代における時代劇。江戸以前に時代設定された、武家や朝廷の世界、戦争やお家騒動などを題材とする。現代人には時代背景の共通認識がないため、世話物に比べてわかりにくい。だがその時代物に、嶋はビジネスの視点を見出す。

「時代物を観ると、決断力が磨かれる感じがする」というのだ。


『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』寺子屋の段 。 三大名作とされる時代物の代表的演目で、天満宮の縁起をひもとく。この場面は、ともに菅丞相に深い恩がある松王丸・武部源蔵と2人の妻が、丞相の子・菅秀才を命の危機から守る物語。(写真提供=国立劇場)

「現代の『ゆるさ』に気づかされます。時代物に出てくる人は、一つ判断を間違うと死ぬわけです。一つの決断の重みが半端ではない。現代だとテクノロジーの進化で、なんでも先回り・先送り・保険でしょう。メルカリがあれば、買い物に失敗しても売っちゃえばいい。そんな現代に、あのバシッとした中に身を置くと、デトックスされるんです」

そして、こう思うのだ。

「なんかオレ、ぬるい仕事してんな、ヤバい、もうちょい頑張ろう」

メルカリ時代の決断力を磨く


そんな嶋が、水野学とともに文楽に関わった仕事が、文楽を初心者向けに案内する書籍『文楽のすゝめ』である。本書では、世話物をトレンディドラマ、時代物を大河ドラマにたとえ、近松門左衛門の特徴とされる字余り字足らずの音律を桑田佳祐になぞらえる。

専門的で普通なら敬遠されそうな、しかし文楽を鑑賞する悦楽へと導くツボは、この本の監修者で、嶋と親交のある文楽の太夫、竹本織太夫との会話から生まれた。 

「文楽をサザンオールスターズにたとえるなんて、という人もいると思うんですけど、文楽はそれくらい自由だって思うんです」

幾多の年月を経て、どの時代にも常に、受け止める個々の人々の心象にひきつけて解釈できるのが、古典の包容力だろう。

前述の文楽入門書に続き、続編の『ビジネスパーソンのための文楽のすゝめ』も刊行された。こちらは、時代物の「すゝめ」になっている。武家社会を働く現場=ビジネスととらえ、ビジネスに役立つスキルを切り口に、さまざまな時代物作品を紹介する。

「メルカリ時代のデシジョンメイキング(意思決定)を学べます。僕自身も組織のリーダーとして、企画のありなしを明確に判断するのが仕事ですから、シャープでなきゃいけない。文楽の時代物からもらってきた僕自身の発見を、この本で織太夫さんと一緒にお伝えします」


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しま・こういちろう◎1968年、東京都生まれ。上智大学法学部卒。93年博報堂入社。2002〜04年、博報堂刊『広告』編集長。04年、「本屋大賞」立ち上げに参画。06年、博報堂ケトルを設立し、メディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。19年9月まで代表取締役社長を務め、現在は同社取締役、博報堂執行役員。

文=本橋ヒロ

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