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ココ・シャネル。1932年に撮影 (Getty Images)

1月10日はココ・シャネルの命日だ。映画『ココ・アヴァン・シャネル』や多くの評伝など、ココ・シャネルについては多くの本やドラマがつくられており、それだけ強烈な生き方を残した女性だ。数々の評伝をもとに彼女の言葉から学んでいこう。


「翼を持たずに生まれてきたのなら、翼を生やすために、どんな障害も乗り越えなさい」

ココ・シャネルの生い立ちが貧しいものであったことは有名だ。母親の死後、行商人としてほとんど家に帰ることのなかった父に孤児院に出され、12歳から18歳までを孤独に過ごした。翼を持たずに生まれてきたからには自ら人生を切り拓いていくしかない。ない翼は生やさなくては自分の人生を生きれない。

そのように生きてきたココだからこそ唯一無二のものを生み出すことに、不安はなかったはずだ。

「流行とは時代遅れになるものよ」

シャネルが発表するスタイルが、常に革新的であるにも関わらず人々に受け入れられてきたのはなぜか。機能性からファッションを生み出すのがシャネルの手法だからだろう。

動きやすく戦時下でも手に入りやすいジャージー素材を衣服に使用すること、汚れが目立たないよう爪先の色を変えたバイカラーの靴を生み出すこと。当時靴は洋服を際立たせるために、単色使いが主だった。ジャージーは男性用下着に使われる布だったという。

モードはすぐに過去のものになることを知っていたココ・シャネルは、流行を作り出そうとしたのではなく、人々が求めるものを提供した。人々に本当に求められたら、それがスタンダードになっていく。

流行の世界にいながら追随するのでなく、生み出す立場となった背景には、モードの世界に「常」はないことを知っていたからこそであろう。過ぎ去るものは気にせず、自分のやりたいように、表現を続けることが生み出す側の方法なのだ。

「扉に変わるかもしれないという、勝手な希望にとらわれて、壁をたたき続けてはいけないわ」

ブランド「シャネル」が成功したのはココの先見と潔さによるものであろう。積み上げてきたものに見切りをつける勇気、次の扉に向かっていく勇気とバイタリティ。幾度となく壁に当たってきた者だからこそ、壁と扉の違いを見極めることができるようにもなるのかもしれない。

文=河村優

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