実は、こうした議論をやっていても埒が明かない。役職に就く人がいれば外れる人も出てくる、いわゆる人事の「ゼロサムゲーム」という古い観念に縛られているからだ。
既存の管理職ポストをめぐって、そこを世代間で争って一喜一憂するのではなく、重要なのは、どうすれば価値創造の場を多く生み出し、活躍できるポジションを創り出せるかだ。年齢も役職も関係なく、個々人が張り切って、パッションをもって価値を生み出せる組織づくりを目指すのが本道だ。
そのためには、一人ひとりが「自分のミッションとして現状を変え、未来を創り出すのが仕事の目的だ」という認識を持って、日々研鑽し、挑戦しないといけない。
その心意気こそ、イノベーターシップ、すなわち「熱い思いと実践知で現実を転換し、未来を創造していく力量」の根っこにあるものだ。
こういう思想を持った社員の集団、本気で価値創造に取り組む社員の集団には、イノベーティブなコーポレートカルチャーが宿る。それが土台となってよいリレーションが生まれ、共創にもつながる。
「未来を変えるのは私たちだ」というような高揚したビジョナリーでアグレッシブな戦略も生み出される。そして、実際に新しい未来が拓け、社会学者のロバート・K・マートンが言うところの「予言の自己成就」が起きる。
このような好循環を創り出すプロセスをカルチャーとして埋め込まなければ、決してシリコンバレーや新興国のイノベーションのエネルギーに対抗できる国に、日本はなれないだろう。
獺祭に見るイノベーターシップ
日本酒市場がどんどんと縮小するなかで、気を吐いているのが、人気の純米大吟醸酒、獺祭だ。その獺祭を創造し、日本酒業界を変革したのは、旭酒造の現会長、桜井博志氏。桜井氏が紡いできた獺祭のストーリーは、まさにイノベーターシップの発揮そのものである。そのエッセンスを確認しておこう。
桜井氏の挑戦は、父親から引き継いだ山口にある旭酒造の立て直しから始まった。父親が経営していた酒蔵は当時、「旭富士」という普通酒しかつくれない、倒産寸前の零細酒蔵だった。
その逆境からのスタートした桜井氏だったが、彼がそのとき心に抱いていたのは、「徹底的に美味しい酒をつくろう」という強い思いであり、その実現のためには、たとえ苦し紛れであっても、実践知を積み重ねることで生き残るしかないという執念だった。