女のくせに──、をはねのけた「女子ラグビー」の原点

動画「Liberty field」からのワンシーン

ラグビーワールドカップで、日本代表が私たちに感動を与えてくれた今秋。この熱き数カ月で、ラグビーの素晴らしさを多くの人が感じたことだろう。だからこそ、過去、日本には素晴らしい“女性ラガー”たちがいたことを紹介せずにはいられなかった。

わずか30年ほど前、女性の社会進出に批判的、というよりも女性が仕事を持つことに対して疑問すら持たれ、ちょっと働いてお嫁にいくのが普通、日本はそんな時代だった。可愛くあれ、家庭に入れ、主人や上司を立てろという考え方が当然の時代。男性の価値観で上書きされる女性たちの生き方がそこにはあった。

me too運動や法制度の後押しなど、今でこそ大きな変化を感じつつも、太く横たわる何とも言えない無力感、まるでいつまでも消えない手についたインクのシミのように、考え方をぬぐい切れない現状が今でも存在する。

ラグビーというスポーツが私たちを輝かせる


今回のワールドカップで、アイルランド、イングランドなどのオフィシャルパートナーになっているギネスビールが、1980年代後半から90年代の、ある女性たちの動画を公開した。主人公は「普通の主婦」。彼女たちは毎週日曜、何もかも忘れて、ただ目の前のラグビーボールを追いかける素晴らしさを見つけた。いつしかそれは、女子ワールドカップを目指すことになる。

これは、日本ラグビー協会の女子委員会で委員長を務めた岸田則子と、その仲間たちの物語だ。

女のくせに、遠征? それって必要なの?

当然のように聞く言葉だった。しかし彼女たちは、へこたれなかったのだ。

当時、ラグビー協会は女子ラグビーを認めていなかった。危険だというのがもっぱらの理由。ならば、ということで設立されたのが「Liberty field RFC」だ。参加する女性たちは、仕事も、家事も、“きちんとこなしたうえ”で、毎週日曜の練習に参加する。当時を語る表情の、なんと活きいきとしたことか。強さなのか、純粋さなのか、ラグビーというスポーツがそうさせるのか。

「楽しいから」「好きだから」「勝ちたいから」シンプルで力強い言葉があふれる。


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女子ラグビーワールドカップに初めて日本が出場した1991年。岸田が率いる日本チーム(当時は協会傘下ではなく代表という言い方はできない)は、大敗を喫することになるのだが、この日本チームが今の「さくらフィフティーン」につながっていく。当時はそんなことは想像もつかなかっただろう。

スポーツが好きな女の人がいることを認めてもらえる社会を望んだ彼女たち。すくなとも今、その入り口には立っているし、歳を重ねられたLiberty fieldの面々も、そう感じ、胸を張っているに違いない。

女子ラグビーワールドカップwebサイト
日本ラグビー協会前女子委員会委員長 岸田則子さんのインタビューには、当時のことがさらに詳しく書かれている。

文=坂元耕二

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