1カ月ほど前のインタビューでウォルフは「このような質の作品を見ることはそうそうない」と述べた。発見場所がキッチンだったからか、ウォルフは当初、この絵画の真価に気づかず、その価値を30万~40万ユーロ(約3600万~4800万円)と判定。作品はチュルカン(Turquin)社の専門家がパリで赤外分光法を用い行った鑑定により、キリストの受難と復活を描いたチマブーエの2枚折り祭壇画の一部だと断定されたが、それでも競売企業は予想落札価格を400万~600万ユーロ(約4億8000万~7億3000万円)とした。同作には「あざ笑われるキリスト」あるいは「キリストへの嘲笑」との題名がつけられた。しかし、珍しいものには珍しい出来事が起きるものだ。サンリスで開かれた一度限りのチマブーエ競売は、大きな話題を呼んだ。
大きな発見や認定、鑑定額にはつきものだが、同作をめぐっても当然ながらさまざまな疑問が浮上した。まず、この2枚折り祭壇画はいつ、どうやってばらばらになってしまったのか? 「あざ笑われるキリスト」は、1280年頃の作品と特定されている。8つの場面から成るこの祭壇画の他の板絵は、英ロンドンのナショナルギャラリーや米ニューヨークのフリック・コレクションなどが所蔵している。こうした有名施設のバイヤーが「ミッシングリンク」であるこの絵を取得するため27日の競売に参加していた可能性は十分にあるだろう。私たちに今できるのは、そうした美術館のバイヤー、あるいは非常に気前の良い個人収集家が、この珍しい作品を一般公開してくれるのを祈ることしかない。
しかしさらに大きな謎は、女性が同作を所有していた状況にある。この絵は板に描かれているため、女性の家族はこれが古いロシアの聖像画だと考えていた。女性はそれを電気コンロの上に飾っていたのだが、女性の家は1960年代に建てられ、オープンキッチンのデザインを採用していたため、狭いキッチンで起きていただろう油や煙、水蒸気などの影響を完全には受けなかった。
競売では、入札額が2000万ユーロの大台が近づく中、会場が崇敬の念に満ちた沈黙に包まれた。同作は、匿名の入札者(美術館だったかは分からない)によって手数料を含め2400万ユーロで落札された。