1950年代の米ソ冷戦時代に北米全体の空を監視するレーダー網ができ、画面ですばやく敵機をマークして追跡するシステムが作られ、それを応用してコンピューターで画像を扱うCGが研究されるようになった。
さらにジェット機のパイロットが戦闘時の極限状態で、瞬時に敵機を捉えて攻撃できるように、ヘルメットにディスプレイを付けたCGを投影するシステムも作られた。またNASAでは、宇宙ステーションでたくさんの装置を使わないで済む、バーチャル実験室の研究も進んだ。こうした研究がゲーム業界などにスピンオフして一般に使われるようになったのだ。
NASAで行われていたVRの研究(筆者提供)
もともとコンピューターは中央に構えた大型の機械のある場所に出向いて、難しい言葉で命令する専門家のものだったが、画面に出た絵やシンボルや音を使えば、誰もが日常感覚で理屈抜きに使えるようになる。こうしてできたパーソナル・コンピューターは、同じ仕事を手元で自分中心に扱えるようにしてくれるコンピューターの進化系だ。VRも世界を遠くからではなく自分の視点から扱えるようにする、同じく情報のパーソナル化の所産なのだ。
そう考えると、VRのこれからの進化は、パソコンやスマホの先にある情報環境と大いに関係あることがわかるだろう。デジタルを扱う機器は、机の前から鞄やポケットに入ってより人間に近い場所に常時置かれるようになり、次はウェアラブルの時代が来ると言われている。
HMDはいわゆるディスプレイを目の前に常時着るための装置で、現在はまだ大きくて煩わしいが、メガネのサイズでいつでも使えるグーグル・グラスのような装置が今後は一般化するとも考えられている。そうすれば、パソコンやスマホを目の前にいつも置いて、いつでもどこでも情報環境を確保することができる。
かつて流行ったユビキタスのように、ネットやIoTを整備して環境自体をインテリジェント化する方式も考えられており、AIも組み合わせることにより、新しい情報環境ができる可能性がある。
最近はネットの中に現実社会を忠実に反映した「ミラー・ワールド」を作り、バーチャルな街の中で自動運転車の訓練をしたり、さまざまな新製品をその中ですべて開発してメンテナンスまで行うという試みも始まっており、バーチャル世界の中でアバターを介して社会問題を論議したり解決策を考えるSociety 5.0のようなスマート社会の論議も始まっている。
VRもAIのようなトレンド語として、また何年かするとブームが去り話題にもならなくなるかもしれないが、社会の情報化やデジタル化の一つの見方だと考えるなら、「ただのゲームセンターのメニュー」と一蹴するのではなく、もっと大きな未来への窓口に付けられた名前と考えたほうがいいだろう。
服部桂著『VR原論 人とテクノロジーの新しいリアル』(翔泳社)
1991年に出版され、日本のVRブームをけん引した『人工現実感の世界』の著者である筆者が、VRの未来を見据え同書に加筆、今年6月に復刊した。