そして角田氏はまた、「ドアデスク・アワード」受賞者としても記録されている。
アマゾンCEOのジェフ・ベゾスは、シアトルのガレージで1997年にアマゾンを創業したとき、安い木のドアに脚をつけてデスクを自作した。各国のアマゾンではその「Frugulty(倹約)」精神と、何よりも起業スピリットを体現したこの「ドアデスク・アワード」が、その四半期でもっとも貢献度の高かった社員に贈られる文化があったのだ。ちなみに筆者にも、角田氏がアワード授与式で、「ドアデスクのミニチュア版」を、現在はアマゾン本社の国際リテール部門で上級副社長を務めるディエゴ・ピアセンティーニ氏から手渡された瞬間の記憶がある。
アマゾンがマイクロソフトを抜いて時価総額で世界一になったのは、角田氏の2015年の退職後、2019年のこと。「世界の一隅『日本』からの、彼の貢献は小さくなかったかもしれない」。中目黒の住宅街を抜けて「waltz」を目指しながら思う。そしてたどりついたのは、まるでまさに「ドアデスク」に塗装をしたような黒い扉。ピタリと閉め立てられたその佇まいがなおさらに、向こう側の「物語」を予感させる。そして右手には「waltz」のロゴ。
重いその扉を引き開けた直後から、カセットの数と音の厚みに圧倒されている筆者を、奥から出て来た角田氏が変わらぬソフトな物腰で「お久しぶりです」と迎え入れてくれた。15年ぶりの再会だ。
waltzの名前は「これまでのキャリアのすベて」
「waltzの名前の由来のほか、店の内装・外装は、2社目に勤めた明響社(TVゲーム販売チェーン。音楽販売事業に進出)の元同僚で今は内装施工会社の社長をしている男が引き受けてくれたので、まさにここは、これまでの僕のキャリアの集大成ですね」と角田氏は話し始める。
しかしなぜ、「実店舗」だったのだろうか。
「waltz」の名前は、これまでのキャリアの集大成だ
「アマゾンでオンラインビジネスをとことん追求してきたからと言って、カセットテープ店をオンラインショップでやっていたら、きっと『何も起きていない』でしょうね。WAVE時代の実店舗の経験が中途半端に終わったこと、そのやり残した感、モヤモヤしていたものを夢にしたいと思ったこともあるんですが」
音楽との接触体験、購買行動が激変している今。CDが前時代のメディアとなり、ダウンロードさえにも終焉の兆しが見え、今やアメリカの音楽市場は65〜70%がストリーミングサービスであるような時代の「カセットテープ屋」としてwaltzがオープンしたのは、2015年。その後数年で、「米国のカセット売り上げ、前年比74%増の急成長」という時代になった。
データから予兆はあったと言う。角田氏には「アナログの復活が、機運として肌で感じられていた」のだ。「復活」と言ってもしかし、waltzでやっているのは過去への憧憬の体現でも、歴史的な文化を継承することでもない。「価値観の再構築」をやっていると思っている、とも角田氏はいう。