プレスリリースもなく、報道されることもなく、事務所の移転先を記した文書が、EBAのウェブサイトに掲載されただけだった。同事務所は6月3日から、パリで業務を行っている。移転はもちろん、英国の欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)が理由だ。
テリーザ・メイ英首相は2017年1月、自国はEUの単一市場にはとどまらず、欧州司法裁判所(CJEU)の管轄下から外れることになると表明した。その時点で、英国がEBAと欧州医薬品庁の管轄外となることも決まっていた。
英EU離脱省は当時、将来については「交渉しだい」で決まると主張。英国はEBAには残りたい考えだった。だが、EUの交渉担当者の意見は違った。EBAはEU法の下で運営される、単一市場を管轄する機関だ。その単一市場から去り、CJEUの管轄から外れる国に残ることはできない。
一方、多くの人はこのころ、英国の金融機関は離脱後も、欧州単一市場へのアクセスを認める「パスポート制度」の適用対象になると見込んでいた。そのため、EBAの転出は大きな問題にならないと考えていた。
金融業界の現状
それから2年以上がたつ現在、シティ(ロンドンの金融の中心)の金融機関が離脱後もEU単一市場へのアクセスを維持できるという合意はなされていない。実際のところ、合意に至ったものは何一つない。ブレグジットも実現しておらず、離脱に対する英国の姿勢が大幅に硬化しただけだ。
誰をも喜ばせようとしたメイ首相は結局、誰一人喜ばせることができず、辞任を決めた。後任の最有力候補に名前が挙がる人たちは全員が、「合意なき離脱」の支持者だ。
合意なき離脱の脅威の高まりは、金融機関の戦略を変更させてきた。コンサルティング会社アーンスト・アンド・ヤング(EY)によれば、彼らはもはや、ロンドンを中心とした事業の継続を重視していない。
金融機関はEU域内の各国に子会社を設立し、主要な業務を移転させている。ブレグジットが実現するころには、パリ、ルクセンブルク、フランクフルト、ダブリンがすでに、各社の拠点になっているだろう。
こうしたことはロンドンにとって、何を意味するのだろうか。業界の専門家らは繰り返し、ロンドンがEU単一市場へのアクセスを失えば、英国の金融サービス業界は深刻な問題を抱えることになると警告してきた。
今となっては、そうしたアクセスの維持は、かないそうもない夢だ。英国の主要政党の提案はいずれも、金融業界の期待に応えるようなものではない。ロンドンからの資産と人材の流出は、今後も続くと考えられる。