アスパラガスやきゅうりといった作物の生産者は、作業時間のおよそ6割を収穫に充てている。生育状況を毎日一つひとつ見分ける必要があるからだ。真冬でも30°Cを超えるハウスの中で、汗を流しながら作業する。生産者の誰もが、この収穫を省力化できないかと考えていた。そんな願いを叶えようとしている人物がいる。inaho代表の菱木豊だ。
菱木は、ディープラーニング(深層学習)による画像認識で野菜の生育状況を見分け、自動で収穫するロボットを開発している。人手不足や高齢化が深刻な農業では、生産性を高めるIT活用が注目されるが、野菜類の選択収穫を自動化するものはこれまでなかった。
「すごくニーズがあって、お話ししたほとんどの農家さんが導入意向を示してくれています」と5月にサービス提供を開始する菱木は言う。
これまで実用化されてこなかったAI収穫ロボットに挑む菱木だが、17年にinahoを創業するまで農業とは無縁だった。そればかりか、「ずっと人生に目標をもてずにいました」という。
高校卒業後は大学を数カ月で中退。その後は調理師専門学校に進むも、自分には向いていないと諦め、次は不動産投資コンサルティング業に。だが、それも、「儲かるらしい」と友人から聞き安易に決めた選択だった。限られた物件の中から顧客に提案しなければならない仕事には違和感も覚えた。そのことが「自分が考えるベストなものをつくって提案したいと強く思うきっかけになった」と語る。
その後、菱木は独立。個人事業を立ち上げた後にWebサービスやイベントを手がける企業を創業し、まずまずの成果を収めた。それでも「ベスト」を提案したい想いとは裏腹に、自分がこれをやりたいという確たるものは見つけられなかった。偉大な経営者の自伝を読み漁る毎日。そこで、成功者はみな時代の潮流を掴んでいることに気が付いた。では現在の潮流とは何か。AIによる第4次産業革命──。「これだ」と確信した。
人に会えばやるべきことが見えてくる
菱木は1年以上かけて、AIで解決すべき課題を探した。地域活動や経営塾にも参加し、海外の先進事例や地方の農家と巡り会うなかでたどり着いた答えが収穫ロボットだった。農家の実際のニーズを収集するために、北海道から九州まで自ら足を運び、開発にあたっては、100人以上の研究者に接触。ロボットアームを専門とする東京工業大学の只野研究室など、共感する仲間を集めていった。
「僕は完全にニーズファーストなんです。 だって、僕自身には技術も資金も、何もないですから」と菱木は言う。
「だから、とにかくいろんな人に会いに行って話を聞く。できれば酒を酌み交わすまで。そうすると本音を打ち明けてくれますし、僕もやるべきことが見えてくるんです」
こうして生み出した自動収穫ロボットは、「RaaS(Robot as a Service)」と名付けた独自のビジネスモデルで提供する。農家が実際にロボットを使って得た収穫高から15%を受け取る仕組みだ。農家は設備投資をせずにロボットを導入でき、データ蓄積が進んで精度が高まれば、さらに収穫作業を省力化して、その分だけinahoの収益も増える。農家をパートナーとして共に成長し、新たな農業のモデルをつくることができる。
「生産性を高めれば、農家は安心して経営面積を増やせます。人手が少なくても年収1000万円を稼げる、明るい農業の未来をつくりたいんです」 これこそ、菱木が求めていた「ベスト」だ。 人生の目標は、いつしか生産者と共創する農業イノベーションになっていた。