米や酒造りには、まだまだ解明されていないことも多く、事実に基づかない先入観や思い込みも残っている。既存の情報を鵜呑みにせず、酒造りの定説にチャレンジする職人たちの話を紹介しよう。
心白がなくても良い酒は造れる?
「良い酒造りには、良い心白(しんぱく)」という通説がある。心白とは、米の中心部の白色不透明な部分。でんぷん粒が粗いため、微細な隙間が多く、麹が米粒の中に向かって伸びていく「破精込み(はぜこみ)」が起こりやすくなると言われている。しかし、「酒造りに心白は必須ではない」と話す杜氏がいる。
日本酒「天明」で知られる福島県会津坂下町の酒蔵「曙酒造合資会社」代表社員で製造責任者の鈴木孝市氏だ。
「いい酒米の条件として『心白が多い』『溶けやすい』『千粒重が大きい』と言われているが、うちはそこに重きを置いていない。設備や工夫をしっかりしていれば、心白がない米だって破精込むし、蒸しの調整もきく」(鈴木氏)
洗米したての酒米「山田錦」
曙酒造では間接蒸気槽という米を蒸す装置を使って、米にしっかりと水分と熱を加えた後、仕上げに乾燥した蒸気を通して表面の水面を飛ばしている。こうして『外硬内軟』の蒸米で麹を作ると、麹菌は水分を求めて米粒の中に入っていくことになる。
つまり、心白がない米でも、米粒の表面の水分を取ることができれば、軟らかい米の内部まで麹菌が破精込んでいくという。
間接蒸気で米を蒸す「間接蒸気槽」の説明をする鈴木氏
確かに、日本酒には「ササニシキ」や「コシヒカリ」や「キヌヒカリ」など、酒米ではなく、心白がない飯米(食用米)も使われている。「亀の尾」は日本酒に使われていることが多いため、酒米と誤解されがちだが、飯米だ。飯米でも製法次第で、美味しい日本酒が造れるのだ。
日本酒「会津娘」で知られる福島県会津若松市の酒蔵「高橋庄作酒造」の蔵元で杜氏の高橋亘氏も、「心白があるほうが結果として吸水しやすく米が溶けやすい。でも、米に心白が入ることは酒造りにおいては必須要件ではない」と話す。
酒米は、心白が入るか入らないかの度合いで等級が変わる。福島県会津地方で酒米「五百万石」を栽培している農家は、昨秋、収穫した米に心白が入らなかったため一等米にならず、その下のランクの二等米になってしまったという。
高橋氏は「本来心白が入る品種特性のお米なのに心白が入らない場合は、品種の要件を満たしていないということで等級の評価は低くなってしまう」と説明する。とはいえ、心白の有無は品質とイコールではなく、あくまで等級は外観の評価なのだという。
自社の造りについて説明する高橋氏
実際に、心白がうまく入らなかった五百万石を飯米のように精米・炊飯して食べてみると、水分は飛びやすく舌触りが多少粉っぽかったが、味は良かった。一方で、兵庫県の特A地域で栽培された山田錦はきれいな心白が入っていたが、ヤケ米(刈り遅れなどで茶色く変色した米)が多く、苦味とえぐみを感じた。