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ザック・ウェインバーグ(左)ナット・ターナー(右)(写真=マット・ファーマン)

学生時代から起業を経験した2人が、3度目に挑んだのは難関のヘルスケア事業だった。

現在、32歳。製薬大手ロシュが19億ドルで買収したフラットアイアン・ヘルスは医療界の難題を解決できるのか。

ナット・ターナーは23歳だった2008年、6歳の従弟ブレナン・シムキンスとノースカロライナ州へハイキングに出かけていた。ところが、ブレナンは脚に力が入らなくなった。その後どんどん悪化していき、ブレナンは命に関わる珍しい小児白血病にかかっていたことがわかり、治療後も繰り返し再発した。

2度目の骨髄移植が必要になったとき、複数の病院に断られ、ブレナンの家族は希望を失っていった。しかし、ようやく手術を引き受けてくれる専門家を見つけた。ブレナンの父親は憤りを抑えきれず、ターナーにこう聞いた。

「なぜ、ほかの病院ならする治療を知らない病院があるんだ?誰も統計をとっていないのか?」。

ターナーは、「そうか」と思ったことを覚えている。「臨床データには、患者にとってものすごく価値のある情報が閉じ込められているんだ。僕らがそれを引き出すべきだ」。

そう思ったのがほかの20代の若者であったら、ふと浮かんで消えてしまう「考え」に終わったかもしれない。しかしターナーは、学生時代の友人でビジネスパートナーのワインバーグとともに3社目の起業を目指していた。

ターナーの最初の会社は、ワインバーグと立ち上げたオンラインのフードデリバリーサービスだったが、2人がペンシルベニア大学ウォートン校の1年生だったときに始めたこの事業は失敗に終わった。

しかし、「インバイト・メディア」という2社目のオンライン広告事業は、10年に8100万ドルでグーグルに売却している。2人が24歳のときのことだ。

財政面の心配がなくなり、この時点ではまだグーグルで働いていたターナーとワインバーグは、オフィスのホワイトボードを次の事業のアイデアで埋め尽くしていった。2人はヘルスケア分野に興味津々だった。

「とても好奇心をそそられました。非常に複雑で、2人とも何一つ知らない分野だったからです」とターナーは振り返る。ブレナンの体験は、2人を新しい試みへと導く道しるべとなった。

ターナーとワインバーグンの新会社「フラットアイアン・ヘルス」は12年に設立され、電子健康記録から得た患者のデータを集積し、科学的な疑問の答えや医療の向上につながる形で提供することを目指している。18年4月、スイスの製薬大手ロシュがフラットアイアンを19億ドル(約2000億円)で買収した。この金額には、ロシュがすでに同社に出資していた持ち株分の2億ドルは含まれていない。

フラットアイアンは、医学研究における最大の限界の一つを打破しようとしている。ある新薬が有効であるか知りたいと研究者が考えたとき、選択肢は実質一つしかない。臨床試験を行うために患者ボランティアを募集し、無作為に選んだ被験者に新薬かプラシーボ(偽薬)の投与を割り当てるのだ。

しかし、この方法には欠点がある。患者にプラシーボを服用させるのは倫理に反する場合もあるからだ。また、臨床試験は有効な手法ではあるものの、慎重に選ばれた患者を対象に行われる。そのため、現場では結果が異なる懸念が常にあるのだ。

とはいえ、現場のデータを手に入れるのは極めて困難だ。多くのがん病院では、患者の何人が乳がんに罹患しているのか、あるいは膵臓がんに罹患しているかという基本的な情報すら把握していない。

フラットアイアンの解決策は、280近い医療機関で使われている患者200万人分の電子医療記録のデータの使用権を所有することだ。請負業者1000社に委託し、医師が患者について書いた手書きのノートを読み取り、服用している薬やその効果、次のステップといったデータに変換している。

このデータを活用すれば、薬剤の実際の効果を測定するより大きなデータセットを作成することが可能だ。がん治療薬の大手製薬会社すべてがフラットアイアンと協力しているのは、その可能性に目をつけているからだ。

文=マシュー・ハーパー、エリー・キンケイド 翻訳=木村理恵

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