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2015.03.16

“大言壮語?”首相と“受託者”社長




日経225先物の未決済建玉数の推移を見ると、安倍政権初期に比べ、海外マクロ投資家の日本への関心が薄れているのがわかると筆者は指摘。一方で、ミクロ面に目を転じると……。

 マクロ投資家にとって、2014年の日本は13年に比べてはるかに難解な市場になっている。13年には新政権が発足して、成長戦略に基づく改革(3本の矢)への注力を約束すると同時に、日本銀行でもデフレ脱却を重要視する新しい布陣がしかれた。文句のつけようがないとは、このことであった。

 しかし、14年に入り、事態がこじれてきた。まず、消費税増税が経済指標を混乱させ、15年まで正常値には戻らないと思われる。日本銀行は粛々とその役目を遂行し、ここ数週間は何年も見ないほどの水準にまで円が下落している。しかし、インフレ傾向は夏の間に減速し、これが再燃しないようであれば、追加の刺激策を考えざるをえなくなる。

 また、海外投資家は、3本目の矢に失望している。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のガバナンス改善を除けば、今年に入ってからの安倍内閣に、経済面で目に見える大規模な進展はない。安倍首相と側近たちはニューヨークを定期的に訪れ、欧米有名紙に社説を寄稿したりしているが、多くの海外マクロ投資家は、安倍首相は「大言壮語」であると判断してしまったようだ。

 ネズ・アジア・キャピタル・マネジメントでは、何よりも経営者との対話に時間をかけている。私自身も、一日に2~3人の経営者と会う。実は、私が感じているマクロ面での歯がゆさは、日本で起こっているミクロ面での改善で補ってあまりある。改善点の一部は、環境改善の恩恵を受けてのものだが、多くは企業幹部が以前よりも賢く動くようになった結果である。自分たちをサラリーマンとしてよりも、投資家資本の受託者と考えるようになった。最も基本的な部分で、サラリーマンは得ようとするが、受託者は、与えようとする。この意識の転換が重要なのだ。
私が企業を訪問するなかで、ひとつ心配しているのが、インターネット分野である。PERで見てみると、株価は総じて高いが、成長見通しが上向きだったころには妥当だった株価が、現在ではそうとも言えなくなってきている。楽天やヤフーなど、多くのインターネット関連企業が、収益を確保しながら成長できる見込みの少ない新規事業への進出を続けている。あるいは、高値での買収を展開している。ただ「何かしなければ」と思って動いているようにも見える。しかし、本当にすべきは、既存の事業を通して、自社と株主のためにキャッシュを稼ぐことだ。

 それと同時に、事業の拡大にさほど積極的でない企業は既存事業の成長率の鈍化に見舞われている。これは、例えば価格.comやGMO、F@N等多くの企業についていえることだ。この流れは、根本的には次の「キラー・アプリ」が出てこないことに起因すると私は思っている。それが出てくるまでは、業界全体が伸び悩むのではないだろうか。 ここまでは、悪い話をしたが、日本での企業訪問のほとんどでは、よい話を聞くことができている。特に興味深いと感じていることを、いくつか紹介しよう。

1)労働市場
かなりの売り手市場になっていて、リクルートが、このタイミングでついに上場を実現するのも、当然のことである。売り手市場は、リクルートだけでなく、もっと特化した事業を展開するディップやテンプスタッフ、エス・エム・エスなどにも恩恵をもたらしている。特に、アルバイト市場では人材がひっ迫していて、ほとんどの運送会社、そしてほぼすべての外食チェーンに深刻な打撃を与えており、スカイラークのIPO 価格がレンジの下限で決まった理由の一つもこれであろう。
経済が縮小しない前提で考えると、私は、労働市場のひっ迫はさらに進む可能性が高いと考えている。特に人を機械と置き換えることの難しい領域では、これが顕著になると思われる。

2)I T関連
長く続いてきた不況の影響で、日本企業のITインフラは非常に時代遅れになっており、ここにきてようやく企業がグレードアップへの投資を再開してきている。システム・エンジニアの教育には時間がかかるが、不況のなかではエンジニア育成は後手に回った。このため、多くのエンジニアを抱える企業には追い風が吹いている。例えば、NTTデータやNEC、富士通、野村総研などはわかりやすい例であるが、他にも業界内で特異な立ち位置にある企業にも注目している。例えば、合併以降いまでも重複コストの削減が続いているSCSK、中小企業に特化している大塚商会である。

3)医療関連
注目すべきは、1 人当たりの医療費が高すぎ、常に削減圧力を受けている、という点だ。この圧力からいちばん恩恵を受けているのが医療関連サイトを展開するM3だ。同時に、コスト削減と医療効果改善のために、全般的な医療ケアの質の向上、ならびにより的確かつ機械化されたケアが必要となっている。これらが行き着くところは、医療テクノロジーである。サイバーダインは、まだ収益はあげていないが、時価総額は33 億ドル、1日の売買代金も恒常的に1 億ドルにのぼる。また、シスメックスについても、日本で開発された技術を成長率の高い海外に売るというビジネスモデルは面白い。円安は結果として、こういった企業にはプラスに働いている。オリンパスとテルモも、同様の存在である。

4)ものづくり分野
この分野が日本のコア・コンピタンスと強みを体現していることは確かである。デフレや円高、そして、皮肉なことに過大な従業員を抱えていることの打撃を受けてきた業界で、各社は2010~11年ころから真剣に構造改革に取り組み始めた。日立はこの動きの先陣を切った企業のひとつで、それにならってミネベア、セイコーエプソン、コニカミノルタ、マツダ、パナソニック等、多数の企業が追随した。あまり分析を単純化したくはないし、全く異なる商品を製造していることも踏まえたうえでも、この分野の企業についての見方は、似たようなところに行きつくと考えている。
a. 現在の道をこのまま進むと、将来へ投資するだけの収益が得られず、海外との競争によって破滅する。
b. 取り組む事業を、得意分野、かつキャッシュをたくさん稼ぐことのできる少数の事業に絞り込まなければいけない。
c. 事業活動への投資家による支援(これにより、資本コストが下がり、結果として将来への投資を増やすことができる)への対価として、投資家へ還元するリターンを増やす必要がある。

 これは、まさに日本が国家として取り組んでいることと、酷似しているではないか。さあ、安倍首相と内閣が、2014 年前半以上の後押しをしてくれることを祈ろう。

デービッド・スノーディ

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