悪いのはテクノロジーではない 注意散漫に関する誤解

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注意散漫が現代の職場における問題のひとつであることは言うまでもないだろう。しかし、注意散漫は皆が思っているものとは違うと言われたらどうだろうか?

これまでの調査・研究結果からは次のことが分かっている。マルチタスクは人の能力を下げる。同じ部屋にスマートフォンがあるだけで人の認知能力は低下する。テキストメッセージの90%は送信から3分以内に読まれる。88%の人はテレビにすら集中できずにスマートフォンの画面を見ている。またアドビによる最近の調査によると、人は職場で1日平均3.1時間もメール対応に費やしているという。

しかしこのような統計は、完全なものとはとても言えない。職場でメール対応ばかりして実際の目標の3.1時間分を達成できることないが、その時間が全て注意散漫に相当するものだとも言い切れないだろう。

注意散漫とは何か?

この疑問を突き詰めれば、より深い真実に行き着く。それは、注意散漫の原因はテクノロジーではないということだ。注意散漫をもたらしているのは、しばしば言われているようにソーシャルメディアでもメールでも、スマートフォンでもない。むしろ、これらのテクノロジーは、私たちが既に注意力を失っている時間を埋めるものにすぎないのだ。

なぜなら、注意散漫の根幹にあるのは、自分にとって何が重要なのかを見失っていることだからだ。

この定義は、注意散漫の影響の多くを明確化するのに役立つ。自分の職場で、以下の項目のどれかに心当たりはないだろうか。

・会議で目的意識や有意義な行動が欠けている。
・チーム内でのコミュニケーションがかつてなく頻繁になっているのにもかかわらず、注視すべきことについての連携がかつてないほど取れていない。
・どういうわけだか最近、対立への対処や微妙な話題についての話し合いが難しくなってきている。
・オフィスのスペースが均質化しており、すべてがオープンプランや入れ替え可能な部屋となっている。
・仕事とプライベートの境界線が以前よりも曖昧になってきた。

自分のチームが、常に続く注意散漫状態──何が重要なのかを見失っている状態に苦戦していることを示す兆候はいくつかある。常につながっている状態は要求量の増加につながり、私たちは自然な反応として、明確さよりも量を優先──つまり、マルチタスクをするようになってしまう。マルチタスクは多くの場合、単なる注意散漫の一形態だ。
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編集=遠藤宗生

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