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写真=前康輔

自由が丘で産声を上げた卓球スクール「タクティブ」が業界に新風を巻き起こした。全国にあふれる「難民化」していた、草卓球プレーヤーに目を付け、わずか4年で北は函館、南は高松まで計10店舗を展開。年間売り上げは約3億円に達する。


卓球台の後ろのスペースが、狭い。

一流選手の試合では、台から大きく離れ豪快に長いドライブショットを打ち込むシーンを見かける。それはひとつの見せ場でもあるのだが、後ろが狭いと、そうしたプレーは当然のことがならできない。

実は、ここにこそ、卓球スクールを運営するタクティブの戦略がある。

従来の卓球スクールは、本格的な指導を求める若年層か、上級者が通う場所だった。現在、「草卓球プレーヤー」の多くは、40代後半から80代。彼や彼女たちにとって卓球スクールは近づきがたい存在だった。34歳で同社を率いる佐藤司が話す。

「ものすごい打ち合いをしていると、初心者が来にくい雰囲気になる。うちは草卓球プレーヤーが気軽に通えるようなスクールにしたかった」

卓球=暗い。そんなイメージを払拭するためにも、佐藤は1号店の場所にこだわった。

「1号店は、そんな卓球のイメージとは遠い場所にしたかった。こんなところにあるの? というような。例えば、青山とか港区とか。ただ、総合的に考え、いつでも人が多くて、カフェ文化もあってお洒落なイメージのある自由が丘にしました」

店内のデザインも明るくし、シャワーも完備した。また、なるべく敷居を低くするために入会金や月会費は徴収せず、指導を受けるたびに受講費を払ってもらうシステムにした。さらには同業者と競合しないように努めた。

「料金はあまり安くしないようにしました。低価格で高いサービスを提供してしまうと、他の会社が参入できなくなってしまう。業界全体のためにも、多種多様なサービスがあった方がいいんです」

1号店がオープンしたのは、2014年10月のことだ。最初の月の売り上げは100万円ちょっと。そこからひと月あたり約20パーセントずつ増加し、9カ月目には損益分岐点を超えた。


兒玉圭司(左)佐藤 司(右)

タクティブの社長、佐藤は明治大学の卓球部出身だ。明大といえば強豪中の強豪である。在学中、選手としての限界を感じつつあった佐藤は3年生に進級する際、マネジャーに転身した。

当時、明大は低迷期にあった。そこで佐藤は不当に厳しい上下関係をなくすなど、大胆な改革を断行。その結果、これまで以上に有力な新入生が入学してくるようになり、復活への足掛かりとなった。

その働きぶりを高く買っていたのが明大の総監督で、男性用かつら等を製造・販売するスヴェンソン社長の兒玉圭司(現・会長)だった。兒玉は明大3年生のときに世界選手権でベスト16に入るほどの選手であり、明大の総監督を50年以上も続けている日本卓球界の大人物だ。全日本男子の監督を務めたこともある。

「マネジャーの仕事は大学、卓球業界、OBと、さまざまな方面に神経を使いつつ、選手のことも見ないといけない。大変な仕事なんです。でも、彼はそれを難なくこなしていたし、発想力もあった」

スヴェンソンは当時、社員の高齢化が進んでいた。兒玉は若い社員を入れ、新事業を立ち上げなければならないと考えていた。そこで佐藤をくどき落とし、入社1年目に営業、財務、人事とほとんどの部署を回らせるなど英才教育を施した。佐藤は新事業を立ち上げることに興味はあったが、必ずしも卓球にかかわりたいと思っていたわけではないという。

文=中村計 写真=前康輔

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