事業の方向性を決めたガボン訪問
中部アフリカの西岸、カメルーンやコンゴ共和国に囲まれた小国ガボン。熱帯雨林に囲まれ、その先には無医村が広がっている診療所にもVSeeの遠隔診療キットは使われている。
ミルトンがハーバード大学医学大学院のラクラン・フォロウ助教授に請われて、この診療所を初めて訪れたのは13年のことだ。
到着した日、腹痛を訴える若い女性が運び込まれた。超音波診断で大きな腫瘍が見つかったが、すでに手遅れ。女性は苦しみながらほんの15分後に亡くなってしまう。
この女性の死を目の当たりにしたミルトンは帰国後もトラウマに苦しむ。耳を離れなかったのが「もっと早く診断さえできていれば助けられたのに」という助教授の言葉だった。
スタンフォード大学のコンピューターサイエンスの博士号を持つミルトンは08年にエリカとVseeを共同創業した。ビデオ通話システムで高い技術力を誇りながらも、創業から数年間、ビジネスモデルの確立に悩んだ。
ガボンでの経験とNASAにお墨付きをもらったことがミルトンのなかで結びついた。常に高い技術が要求される医師や医療機関のためにこそVSeeを活かそう、「テレヘルス」を事業の柱に据えよう──。事業のベクトルはそこで決まった。
方向性を決めてからのVSeeの動きは速かった。診断機器が使えなければ遠隔診療はできない。まずは米食品医薬品局(FDA)の承認を得ているデジタル診断機器を次々と接続可能にした。開発者向けのツールも提供した。重視したのはユーザー・エクスペリエンス。「デザインはシンプルで、クリック1つでなんでもできる」(ミルトン)。
「オフィスを構えている頃よりも圧倒的に患者が増えた」と語るのはドイツ在住のジェナー医師だ。自分自身の怪我のリハビリがきっかけでVSeeを使い始めたところ、オンライン診療を希望する患者が世界中から殺到。遂にオンライン診療専門医になった精神科医だ。「VSeeはカスタマー・サポートが迅速で的確で、担当者がいつでも自分のそばにいるような気がする」。
VSeeのサービスを支えているのは世界中に散らばる65人のスタッフだ。全員がテレワークのリモート勤務で、24時間365日のカスタマーサポートまでをこなしている。米国各地、東ヨーロッパ、アジア諸国に点在するスタッフの連携は緊密で、驚くほど仕事が早い。スタッフ全員を細やかに把握・統制しているのはエリカだ。当初からミルトンは対外的な発信や交渉を担い、エリカは社内を統括してきた。
全員がリモートワークで働く小さなスタートアップだが、すでに大手ドラッグストアチェーンから医師10人のクリニックまで、大小1200のクライアントを通じ、アクティブ・ユーザー数百万人を擁するビジネスに成長した。未上場で財務データは公開しないが、ビジネスは右肩上がり。18年上半期だけでユーザー数が倍増したという。
だが、「成長が加速してきたので、次のフェーズへの移行を考えている」と語るエリカはあくまで慎重な口ぶりだ。来年以降、新たな資金を調達してマーケティングとセールスを増強、本格的な商業化に転ずる計画だという。「創業以来10年、常にR&D(研究開発)優先で来たが、品質もサービスも十分な評価を得た。次の目標は商業的な成功」。経営責任者としてのエリカのビジョンだ。