西郷隆盛が「命もいらぬ、名もいらぬ、金もいらぬ、なんとも始末に困る人」という言葉で、人柄や生き方を表現した山岡鐵舟は、尊王攘夷が騒がれた幕末に、徳川慶喜の江戸城無血開城への道を開き、その後に仕えた明治天皇にも一目置かれた人物です。
山岡鐵舟を語る上で欠かせないのが、「剣」と「禅」です。父の教えで、幼い頃から剣を学び、坐禅を組んできた鐵舟は、剣の腕前と同様、禅への向き合い方も並はずれ。一般的な「無」を体験するための禅ではなく、さまざまな考えを巡らせながら、迷いを払拭するために組んでいたとされています。
私が、先輩経営者に誘われ、鐵舟ゆかりの寺である全生庵で坐禅を組み始めてから12年。PCやスマートフォン、テレビなどからたくさんの情報が発信され、雑念の多い時代に、何も見ず、音も聞こえない空間に身をおく、月一回の時間は稀少で、鐵舟流の坐禅を組みながら、頭の中でくり返し考えて導き出した答えが、事業の核や私自身の信念になっていると感じています。
例えば、「自律型人材を育てる」という経営方針もそうです。私は、27歳から経営に携わってきましたが、いつしか、会社がただ拡大路線を進んでいくことに疑問を持つようになっていました。経営者の役割についても、迷いがあったのでしょう。集中して考える時間は、もともと自分の中にあった考えを、すっきりさせてくれます。
今は、「会社は、社員自身が楽しいと思える仕事が社会に受け入れられることで、成長するもの」。そのために経営者である私は、「社員を自ら目標を設定してその実現を楽しむような自律型人材に育てること」が役割なのだと、迷いなく、心の底からそう思っています。
太陽ホールディングスは、ここ数年で、医療・医薬品分野へ参入するなど、新規事業をいくつか立ち上げました。もちろん「利益を上げること」が大前提ですが、経営者が率先して新規事業を立ち上げ、成功の過程を見せることで、社員はチャレンジする楽しさを知り、事業を作り上げる方法を体得してくれるはずです。自律した考えも養われるでしょう。
社員は、経営者自身の夢や目標を叶えるためのツールではありません。今、社内からは事業に対して、「こうしたい」という自発的な声もあがり始め、前向きで気概ある仲間と過ごす楽しさを、強く感じています。
経営者の信念は、会社を支える屋台骨です。絶対に揺らいではなりません。一点の私心も持たなかった鐵舟の生き様が、勇気を与えてくれるはずです。
title : 最後のサムライ 山岡鐵舟
author : 全生庵三世・圓山牧田、全生庵七世・平井正修
date : 教育評論社 1800円+税 / 232ページ
さとう・えいじ◎1969年、東京都生まれ。中央大学経済学部を卒業後、監査法人トーマツに入所。コンサルティング会社を設立後、複数の事業会社の経営を経て、2008年6月に太陽ホールディングス取締役に就任。10年4月より副社長、11年より現職。