民間人で初めて月周回旅行を体験するのがアーティストだなんてすごくロマンがある話だし、SNSが一挙に興奮の言葉であふれたのもわかる。ぼくも本棚から立花隆の『宇宙からの帰還』を引っ張り出してきて久しぶりに読み直してみたりした。
ところが、周囲がこのニュースで持ちきりになるに連れて、生来のあまのじゃくが顔を出してきた。「みんなが空を仰いでそこまで盛り上がるのなら、意地でもこちらは下を向いてやるぞ」という思いがむくむくと頭をもたげてきたのだ。面倒くさい奴と思われるかもしれないが、これまでの経験から言っても、面白いネタやアイデアは、往々にして世間が注目している方向とは反対にあることが多い。
100億人を救う「土」の話
そんなわけで人々が月を指差して騒然としている時に、あえて下を向いて歩いていたら、おおっ、案の定、面白いものが目に飛び込んできたではないか!
「#dearmoon」プロジェクトに負けないくらいロマンあふれる話であるにもかかわらず、まだ世の中ではほとんどノーマーク。しかもネタの持ち主は、前澤氏のようにキャラが立っているときている。
見つけたのは、『土 地球最後のナゾ』藤井一至(光文社新書)なる一冊。面白いネタは、文字通り足下にあった!……と興奮気味に語っても伝わらないかもしれない。なんせ月に対して土の話である。「なにそれ地味!」とでも言われるにきまっている。無理もない。ならばここで宣言しよう。以下に記す簡単な紹介文で、あなたの興味を引きつけてみせようではないか。打席に入るなりスタンドを指差す予告ホームランというやつだ。この本にはそれぐらい大見得を切ってみせるだけの価値がある。
ということで、以下を読んでほしい。
著者は新進気鋭の土の研究者だ。新進気鋭、と言えば聞こえはいいが、地味なのは否めない。著者がやっているのは、スコップ片手に世界のあちこちに赴いては黙々と土を集めることなのだから。しかも大切に土を所持しているのを怪しまれ、しばしば現地の警察官や空港職員に足止めを食う始末。そのせいかボヤキや自虐ネタも多い。
お金がないから仕方なく大学の裏山の土を掘るところから研究を始めたとか、農家の長男なのにトマトひとつ満足に作れないとか……。こんなふうに並べると、いかにも地味でパッとしない人物のように聞こえてしまうかもしれないが、決してそんなことはない。なぜなら著者はとてつもない野望を胸に秘めているからだ。著者の野望、それは「100億人の人類を養える土壌を探し出す」ことなのだ!(了)
いかがだろうか? 俄然興味が湧いてきたのではないだろうか。
裏山で背中を丸めながらせっせと土を掘る男。その胸には「人類を救う」という野望がふつふつと燃えている。月旅行に負けないロマンあふれる話ではないか。しかも(ここが大事なポイントなのだが)著者の研究には、本当に人類を救える可能性がある。つまり彼の大それた夢は、けっして根拠のない妄想などではないのだ。