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世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版

コメディアン 渡辺直美

6月に発表された米TIME誌「ネット上で最も影響力のある人々25」でドナルド・トランプ大統領や歌手のリアーナらと並んだ唯一の日本人が、渡辺直美だ。

コメディアン、インスタグラムの女王、女優、ファッションブランドのプロデュースと異なる複数の分野で活躍する彼女に、「30 UNDER 30 JAPAN」スポーツ&エンターテイメント部門のアドバイザリーボードを務めてもらった。

「一つのジャンルに留まることなく、グローバルな舞台で活躍する20代」を選出するこの企画。果たして彼女自身は、どんな「UNDER 30」の時代を過ごしてきたのだろうか? 

デビュー当時の苦労から、インスタグラムについて、海外での活躍、今後の展望を語ってもらった。

恵まれた環境に実力が追いつかなかった20代前半

私はラッキーでした。

この世界に入ったのは18歳。たまたま一番最初にやっていたビヨンセのマネがウケた。それがきっかけでデビュー直後からテレビに出させてもらう機会に恵まれたんです。

「いいとも」少女隊になったのが、20歳の時。

私の役割は主にクイズの質問をパネルに出すことなどが中心でしたが、芸能界の第一線で活躍されている先輩方と同じ空間にいれたのはすごく有難かったです。でもやっぱり、タモリさんの船に一緒に乗っている、というより乗せてもらっているという感じでしたね。

実は、デビュー当初、本当にやりたかったのはコントでした。コント番組にも出たかったので、オーディションも同時にたくさん受けていました。

でも、ぜんぜんうまくいかなかった。オーディション会場では「ビヨンセだけやっていればいいから。君のコントなんて見たくないから」と言われることもありました。

その後もコント番組にはなかなか出させてもらえませんでしたが、20歳のとき、単独ライブをやらせてもらうことになったんです。でも、いざとなったらどうしていいのかわからなくて。

「いいとも」や他の番組に出演する時とは違って、舞台作家やスタッフが私と同じくらい経験の浅い若手ばかりだったんです。自分のライブなのに、何をどうしたらいいのか分からなかった。でも全員で必死に準備を進めて単独ライブの日を迎えることができました。

マドンナのダンスを踊って渋谷の町を歩く、っていうコントだったんですけど、いざ舞台に立ってパフォーマンスを始めたら、音楽は流れているのに、映像が流れない。作家の男の子が、電源を入れるのを忘れていたんです。

まずい、と舞台上で後ろを振り返ったら画面いっぱいに「EPSON」って文字が出たんですよ(笑)。やばい、と焦っているタイミングで映像が流れ始めて青ざめました。念願の単独ライブ1発目のオープニングから派手に失敗したのには落ち込みましたね。

文=守屋美佳 写真=小田駿一

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