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「全米球場跡地巡り」に感じるロマン

ミネソタ州ミネアポリスとセントポールで形成するツイン・シティは、僕が全米の中で最も好きな街の一つだ。ミネソタのツイン・シティといっても、日本人にはあまりイメージが沸かないかもしれないが、この街には魅力がたっぷりある。

ここに長く住む日本人の方によれば、「ミネソタ・ナイス」という言葉があるように、ミネソタには、気立てが良く、真面目で親切な人が多い。また、シャイで日本人とどこか似たところもあるという。

その通りだと思う。ミネソタにはこれまで数多く訪れているが、ホテルの受付、レストランのウェイトレス、バスの運転手、野球場でたまたま隣の席に座った人など、みんな笑顔で優しく接してくれる。ミネソタの人に悪いイメージは全くない。

メジャーのロゴマークになった選手?

今回は、この地に所縁のある野球選手を紹介したい。ハーモン・キルブリュー。1954年に弱冠18歳でメジャーリーグ・デビューを果たし、75年までの22年間、主にワシントン・セネターズとミネソタ・ツインズで活躍、84年に野球殿堂入りを果たした大選手だ。セネターズ及びツインズで活躍した選手の中では最も有名で、彼の背番号「3」は永久欠番となっている。

本塁打王6回、打点王3回、MVP1回獲得している他、オールスターゲームには13回も選出されている。シーズン40本塁打以上8回、30本塁打以上は10回、100打点以上は9回も記録。彼がMVPを獲得した1969年に記録したシーズン本塁打数(49)、打点(140)、四死球(145)は、今でも球団記録だ。

ちなみに、1968年から導入されたメジャーリーグのおなじみのロゴはキルブリューをモデルにしていると言われている。キルブリューは、1960年代にメジャーリーグのコミッショナー事務局でロゴ用の写真撮影を行ったと主張していたが、その後、ロゴをデザインしたジェリー・ディオールにより否定されたらしい。

キルブリューは2011年、ディオールは2015年に他界しているので、今となっては謎であるが、僕にはこのロゴはキルブリューにしか見えないし、そう信じたい。ツインズの本拠地ターゲット・フィールドの前には、豪快なスイングをしたキルブリューの銅像が設置されている。



そのキルブリューが放った飛距離520フィート(約160メートル)の特大本塁打が落下した座席が残っている場所がある。

ミネアポリス・セントポール国際空港からライトレールに乗って5駅目に、世界最大のショッピング・モールと言われる「モール・オブ・アメリカ」がある。そこは、かつてツインズが本拠地としていたメトロポリタン・スタジアムの跡地だ。

キルブリューは、この球場で、1971年8月10日に通算500号本塁打を記録した他、1967年6月3日、自身の記録としても最長となる520フィートの特大本塁打を打った。オーナーのカルビン・グリフィスは、このキルブリューの本塁打が落下した左中間の2階のブリーチャー席を赤色に塗り替え、この席を発売の対象とせず、永久非常口にした。



そのメトロポリタン・スタジアムは、81年に閉場し、85年に取り壊された。そして92年、跡地にモール・オブ・アメリカがオープンした。モールの中心部は、ニッケロデオン・ユニバースという全米で最大規模の室内遊園地になっており、その遊園地の壁にキルブリューの特大本塁打が落下した赤い座席が残っている。

文・写真=香里幸広

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