シンガポールでは、そんな時代の到来に対し、真剣に向き合おうとしている取り組みがあります。その舞台となっているのがシンガポール国立大学。英教育誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーションが行う「世界大学ランキング」2017年版ではアジア地域で第1位、世界でも24位にランクインしている、国が誇るトップスクールです。
そこで2015年から新たに始まったのが、「Future-ready Graduates(CFG)」というプログラム。その名の通り、「来たる未来に備わった学生を輩出する」ことを目的として、同大学の全学生に対し、マインドフルネス(いま起きていることに意識を向ける心理過程や心理状態のこと)やレジリエンス(困難に直面したときに適応する折れない力のこと)など、人のソフトスキルに特化した実践的トレーニングを「必須科目」にするというものです。
すでに欧米のトップ大学では、こうしたプログラムを「選択科目」として設けているところはありました。しかし、シンガポール国立大学では、これを全学生対象の「必須科目」として導入したのです。これは世界初のことです。
12歳の学力テストで将来が決まる
「CFG」の運営母体となるセンターの立ち上げから、プログラムで提供するカリキュラムの立案まで、そのすべての責任者として指揮をとったクリスタル・リム(Crystal Lim)さんはこう語ります。
「私が、CFGプログラムのセンター長として採用された背景には、シンガポール国立大学が抱える大きな課題がありました。『シンガポール国立大学の学生は学力が高い。言われたことはできる。でも、自ら新しいチャレンジをしたり、困難に立ち向かったりする力が弱い。だから、社会に出たときに使えない』という声が、著名なグローバル企業などから多く寄せられていたのです」
シンガポールでは、その国の成り立ちから、少ない労働力を効率的に配置・活用することに重きが置かれていました。そのため、教育制度もかなり厳しく、現実的・効率的であることが重視され、シンガポールの子どもたちは12歳のときの学力テストによって、大学進学か、はたまたそれ以外の道に進むのかが決まります。
こうした教育制度のもとで、学力の高い人やハードスキルを持った人材は多数輩出される一方、現実社会で生き残っていくためのソフトスキルやメンタルスキルを持った人材が育たないという状況が生まれてしまいました。
これは何もシンガポールに限らず、日本や韓国、またはそのほか学力偏重型の教育を進めてきた国々が共通して抱えている課題かもしれません。