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公務員イノベーター列伝

Daisuke Morita / shutterstock.com

「ほんとうは3人いるのでは?」と疑惑が出るほど、行動力に溢れ、神出鬼没な村川美詠(むらかわみえ)、現在、長崎県諫早(いさはや)市役所の障害福祉課で課長を務めている。

諫早市に生まれ育った村川は、1986年に大学を卒業し、諫早市役所に就職。当時、女性が結婚をしても続けられる仕事は、教員か自治体職員などの公務員しかなかった。そして、その市役所ですら、16人いた同期のうち、事務職の女性は村川を含めわずか2名という時代であった。

最初に村川が配属された部署は、選挙管理委員会事務局。市役所の仕事は夕方5時に帰れると思っていたが、配属後すぐに解散総選挙が実施され、忙殺された。当時、女性の深夜勤務は禁じられていたため、夜中にこっそり残業することも少なくなかった。一方で、選挙がない期間は仕事が少なく、「もっと仕事がしたい」という焦りも感じていた。

村川が入庁した1986年は、男女雇用機会均等法が施行された年でもある。とはいえ、その頃の役所は、まだ各フロアに女性が1人配置され、お茶汲みなどの雑務を行うことになっていた。

村川も同部署の全職員の湯飲みを頭に叩き込み、各人の好みにあわせてお茶や紅茶、コーヒーなどを用意し、砂糖の量まで微調整しながら、1日4回デスクまで持って行った。退社前にはすべての湯飲みを洗った。当時は、役所の自席でタバコが吸えたため、灰皿の片付けまでもが女性職員の業務のひとつであった。

セクハラ対策の担当となる

選挙管理委員会事務局に8年在籍した後、障害福祉課に異動した。忙しい部署であったため、土日両方を休むことができたのはほんの数回。昼間は障害者やその家族の相談を窓口で受け、夜には事務処理を行った。たいへんではあったが、仕事がたくさんできることが嬉しく、山のように積まれた書類をさばいていくのも幸せだった。

しかし、ある日突然、先輩の女性職員が席にやって来て、「あなたのせいで、残業できない私たちが頑張っていないように見える。迷惑だ!」と言われ、村川は大きなショックを受ける。

5年間在籍した障害福祉課を経て、人事担当課に異動した。1997年に男女雇用機会均等法が改正され、セクハラに関する規定が新設されたため、役所内でもその対応を迫られた。

文=加藤年紀

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