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ジュディ・エストリン(Photo by Chris Kleponis/Bloomberg via Getty Images)

“クラウド・コンピューティング”という言葉の生みの親で、シリコンバレーの草分け的存在のジュディ・エストリン。

スタンフォード大学でヴィントン・サーフと共にインターネットとTCP/IPプロトコルの創生に重要な役割を果たす。その後連続起業家となり、90年代にシスコシステムズのCTOを務めた他、フェデックスやサンマイクロシステムズ、ディズニーなどで取締役を務める。女性取締役の草分けでもあり、女性リーダーを多く育ててきた。現在は、企業や政府、NPOのイノベーションを促進する自身の会社、JlabsのCEOを務める。


──2000年に有名な論文『クラウド vs. ストリングス』を執筆した時は、どのような事を念頭に置いていたのでしょうか?

当時私たちは、従来の電話通信よりもインターネットに近い、音声やデータを一極集中する新たなインフラを提唱していました。今日の“クラウド”は、そのアイディアの延長線上にあるものです。“クラウド”は、インターネット上での大規模コンピューティングを実現するテクノロジーです。

──企業のトップは、クラウド・テクノロジーとどのように向き合うべきでしょう?

CEOとして、クラウドを重視すべきです。クラウドは、新たなテクノロジーの導入を促進します。つまり、ビジネスの発展をも促すものです。あなたのビジネス上のライバルもクラウドに注目しています。自社の技術担当にのみクラウド・テクノロジーを任せっぱなしにはできません。

──しかし今でも多くの企業幹部は、情報テクノロジーを一部の専門集団へ委ねています。それは誤りということでしょうか?

そうです。企業幹部は、テクノロジーを使って戦略的なアドバンテージを得る方法を考える必要があります。私がフェデックスの役員を務めていた時(1989-2010)、フェデックスの会長兼CEOフレッド・スミスは、企業としてテクノロジーの利用を検討していました。フレッドは時代の先を行っていたのです。

──フェデックスといえば、あなたは同社初の女性役員でした。

フレッドに誘われた時、私は36歳でした。最初は大変でした。女性は私一人でしたから。しかも、シリコンバレーで私は、「起業」という全く別の方法でキャリアを築いていました。私はフェデックスで長い時間をかけ、自分が貢献できる道を見出してきたのです。そうやって私は関係を構築しました。今なら、もっと早く貢献できる自信があります。

──あなたはフェデックスの役員を21年間務め、ディズニーには15年間在籍しました。

ディズニーはとても違うタイプの企業でした。当時マイケル・アイズナーがCEOを務めていました。彼の率いるディズニーは内向的で、アメリカで最悪の経営陣だと書き立てられていました。私の役割は、ディズニーにインターネットの重要性を理解させることでした。

編集=岩坪文子

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