工場内の様子(Photo by Massimo Di Nonno/Getty Images)
関サバと岬サバの違いと同じ!?
今回の旅では、グラナ・パダーノに使われる生乳の生産牧場から工場での生産工程、完成したチーズの熟成庫に至るまでを見学させてもらった。設備こそ最新のものを導入しているが、生産工程においては全て900年前にグラナ・パダーノが誕生した時と同じやり方でつくられているという。ひとつひとつの作業工程の中で、思わず「よっ!マエストロ」と声をかけたくなるような職人技を堪能させてもらった。
見た目もつくりかたも似ていれば、もちろん味だって似ている。24ヶ月熟成のグラナ・パダーノと12ヶ月熟成のパルミジャーノ・レッジャーノを比べたら、いよいよどっちがどっちかわからなくなってしまいそうだ。
そうなると、売れ行きを左右するのは値段である。一般的に熟成期間が短いぶん、パルミジャーノ・レッジャーノよりも早く出荷できるグラナ・パダーノの方が安く手に入る。グラナ・パダーノがパルミジャーノ・レッジャーノを押しのけて、イタリアでもっとも消費されているというのも納得のいく話であるが、裏を返せばそれがパルミジャーノ・レッジャーノの廉価版と思われがちな理由になっている原因でもあるようだ。
8万個のホールチーズが眠るチーズ熟成庫で、ふたつのチーズについて考えを巡らせていると、ふと同じ海を挟んで相対する大分県佐賀関の関サバと愛媛県佐田岬の岬サバのことを思い出した。日本のサバとチーズを同列に語ることはできないと承知はしているが、結局、グラナ・パダーノとパルミジャーノ・レッジャーノを分けているものは、ブランディングなのではないかという気がする。
聞けばパルミジャーノ・レッジャーノは中世の時代から、時の王侯貴族に寵愛されてきたそうだ。その評判と知名度が、いまや粉チーズといえば世界中の誰もが思い浮かべるパルメザンチーズへと繋がっているわけだ。そんなブランディングが何世紀も前から続いているところに、また当時の製法が頑ななまでに受け継がれているところに、イタリアの地方都市の地場産業の強さも感じる。
壁一面のグラナ・パダーノ(筆者撮影)
さて、このグラナ・パダーノだが、熟成が若いものは味わいも爽やかで、粉状にすれば料理に使いやすい。また、熟成が進んだものはそのままかじっても美味しいし、モスタルダという、マスタードの入ったフルーツのシロップ漬けと合わせてもその味わいが引き立つ。20ヶ月以上熟成されたものであればウィスキーのあてにもいいし、「ヴェローナの銘醸酒、アマローネと合わせれば最高だ」とチーズ工場の社長が教えてくれた。
世界各国どこでもそうだと思うが、その土地でつくられた酒には、その土地でつくられた食べ物が実によく合う。それを楽しむのが旅の醍醐味だし、そのペアリングによって得られる発見が、旅の一番の思い出にもなるなんてこともよくある。
リスボンの裏通りで食べたイワシの炭火焼と赤ワイン、モロッコのフェズで食べたクスクスとモロッコワイン、インドネシアのサンバルとビンタンビール……。訪れた場所を思い出す時、その土地で味わった食が真っ先に浮かぶのは僕だけではないはずだ。もしかしたら味覚と記憶には深いつながりがあるのかもしれない。
こんな体験が待っているから、見知らぬ土地を旅することはやめられない。
世界漫遊の放送作家が教える「旅番組の舞台裏」
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