──今回、最も難しかった点は何でしたか?
ルイス:自分よりはるかに聡明な主人公2人を描かなければならなかった点だ。登場人物を描く際には自分の言葉や知性を彼らに近づけるよう心がけているが、エイモスとダニーの知性は巨大すぎた。自分より聡明な人物をうまく描くのは至難の業だ。
とはいえ、彼らが自分の言葉で語っているかのように聞こえるべく最善を尽くした。重圧を克服するために、できるかぎり彼らと触れ合うよう努めた。
ダニーは夏の間、カリフォルニア州バークレーの拙宅から1マイルの所に住んでいたので、多くの時間を彼と過ごした。07年末、好奇心から初めてダニーに会いに行ったときのことだ。当時彼は、のちにベストセラーとなる『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』(早川書房刊)を執筆中で、私にアドバイスを求めてきた。うまく書けないというのだが、見せられた原稿は秀逸だった。こうして、彼との交流が始まった。
エイモスについては、彼が残した論文や、友人との間で交わされた手紙を読み、彼という人間を自分のものにしようと努めた。奇遇にも、1990年代末にエイモスの息子に勉強を教える機会があった。当時は、彼の亡父がエイモスだとは知らなかったが、執筆を決めた後、トベルスキー一家から協力を仰ぐことができた。彼らの助けなしに、本書の執筆はありえなかった。
──あなたの著書は社会的反響を巻き起こしてきました。今回はいかがでしたか。
ルイス:強く感じたのは、2人の人間の知性が共存可能であることを読者が再評価し、その真価を理解してくれた点だ。研究でコラボレーションしている知識人から、本書に元気づけられたという声が数多く届いた。
──経営者にとって、判断力向上は永遠の課題です。行動経済学などの取材を通し、ビジネスパーソンが抱えている問題はこれだ、と感じる場面はありましたか。
ルイス:本書(第12章)でも紹介したエイモスとデルタ航空のエピソードから、上司の判断をチェックできるような環境づくりが必要だという大きな教訓を学んだ。1980年代、デルタ航空では機長の判断ミスが相次いでいた。
同社から助言を請われたエイモスは、「人が間違いを犯すという習性は変えられないが、意思決定の環境は変更可能だ」と答えている。当時、機長は独裁的な存在で、チェック機能がなかった。上司のミスを見つけたら声を上げるよう社員に奨励し、彼らが権威への挑戦を恐れないような意思決定の環境を整えるべきと、彼は提言した。
ビジネスパーソンが意思決定を行う際に大切なのは、自らの判断に謙虚さを保ち続けることだ。ある種の誤りはつきものであることを肝に銘じたうえで、間違いを犯したときは潔く認める必要がある。ミス自体は恥ずべきものではない。だが今、ホワイトハウスでは、意思決定の環境づくりとは逆のことが起こっている。大統領のやり方を見ると身がすくむ思いだ。
──多くの判断ミスが招いた金融危機から10年。ウォール街は変わりましたか。
ルイス:銀行の自己資本規制強化は好ましいことだ。自己資本比率の引き上げで、意思決定を誤っても、破綻の可能性が低くなった。金融関係者もミスを犯すことが、より広く認識されるようになった。一方、人々は金融危機を忘れつつある。
トランプ大統領の下で、自己資本規制の緩和や、(金融規制改革法の下で生まれた)消費者金融保護局の廃止が試みられるのではないかと懸念している。だが、金融危機は判断ミスだけで起こったわけではない。
投資銀行では、サブプライムローン(低信用度の顧客向け住宅融資)債権を購入し、金融商品化することにインセンティブが与えられていた。誤った判断に報酬が払われていたのだ。