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プロジェクトを追いながら、その先に広がる宇宙ビジネスの可能性を探る。

HAKUTO 間野晶子 

HAKUTOのメンバーは約100人。そのうち約7割を占めるのが、「プロボノ」と呼ばれる、専門分野を生かして働くボランティアメンバーだ。

2014年4月からHAKUTOが発信するSNSやメールマガジンの運用を一手にマネージメントしているのが、間野晶子。ほとんど毎日のようにHAKUTOの新しい情報を発信し続けている彼女もプロボノメンバーだが、実は有能な「数値解析エンジニア」として、勤務する会社でもしっかりと働いている。


間野がHAKUTOに参加したのはいまから3年半前。民間による月面探査レースGoogle Lunar XPRIZEもまだ世間的に広くは認知されておらず、HAKUTOのチーム自体もいまより規模は小さなものだった。そのなかで、間野はメンバーとの交流を深めていきながら、これまでさまざまな情報をフェイスブックやツイッターやインスタグラムなどで発信し続けてきた。

「発信する情報は、全員がプロボノメンバーの5、6人のコンテンツチームがHAKUTO内にあって、週1回ミーティングをして決めます。昔は私ひとりで執筆していたのですが、いまはコンテンツチームのメンバーがそれぞれ執筆して、私がそれを編集し、1日1度を目標に更新しています」

HAKUTOのなかでは、おもに「文系」の仕事を担当する間野だが、歩んできた道は意外にもバリバリの「理系」だ。

「これまで国内や海外、やりたいことを探していろいろなところでいろいろなことをやってきました。人生に迷いに迷い、HAKUTOで情報を人に伝える仕事を始めて、水を得た魚みたいな気分です」

こう語る間野だが、彼女の歩んできた「理系」での経歴は実に多彩だ。

地元の国立大学の修士課程を卒業して、東京のIT系の会社に就職して2年間在籍。転職を果たし、新しい会社で数値解析エンジニアとして2年半。会社在籍のまま、「社会人博士」の制度でお茶の水女子大学の博士課程に入学、理学専攻の情報科学科の研究室に所属。

大学院からフランス海洋開発研究所への留学の話が決まり、会社を辞めブルタニュー半島の突端にあるブレストという町へ。留学期間を含めて博士課程には3年半、そのまま研究員として残る。研究者の卵として3年、その間にフィンランド環境研究所に留学。2014年4月プロボノメンバーとしてHAKUTOに参加すると同時に数値解析の会社に就職。この4月からは会社を移籍し、数値解析エンジニアとしての仕事を続けている。

運命の種子島スペーススクール

日本国内だけではなく、フランス、フィンランドへの2度の留学、ダイナミックで密度の濃いキャリアを歩んできた間野だが、意外にも高校生までは自分から行動するタイプではなかったという。

「高校生くらいまで自分からは何もしなかった。電車も自分ひとりでは乗らないし、自分で服とかも買わなかった。あまり自分から動くということはなかったのですが、そうすると人生は何も起こらないとわかってきた。大学に行ったらやりたいことは全部やろうと思って、最初に飛び込んだのが洞窟探検部だったんです。バネがずっと縮まったときのハネが大きいということですかね。とても楽しくて、自分が一歩とび出すと、こんなに鮮やかな色濃い世界があるんだとわかりました」

その洞窟探検の後に飛び込んだのが、種子島スペーススクール。大学の春休みを利用して参加した3泊4日の体験学習が、のちのち運命的なHAKUTOとの出逢いを生む。

文=稲垣伸寿 写真=小田駿一

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