AI(人工知能)研究の第一人者は「気遣いの人」である─。
撮影のとき、ギル・プラット(55)はイヤな顔一つせず、立ったり、椅子に座ったり、編集部のさまざまなリクエストに応じてくれていた。落ち着いた物腰と穏やかな笑みで現場の緊張を和らげていく。
「カンパニー・ジャケットを着ましょうか?」と言うと、彼は2メートルを超える体躯には少し小さい作業服に袖を通し、胸元の「TRI」と書かれたロゴを指差した。
「会社のロゴも付いていますよ」
トヨタ・リサーチ・インスティテュート、通称「TRI」。トヨタ自動車が2016年1月にアメリカで設立したAIの研究・開発拠点である。プラットはそのCEO(最高経営責任者)を務めている。
近年、マシンラーニング(機械学習)やディープラーニング(深層学習)、AIがさまざまな分野で実用化の段階を迎えている。自動車業界もその一つ。自動車メーカーが次々とIT企業と提携する一方で、アップルやバイドゥといったIT企業も自動運転への関心を示唆している。まさに群雄割拠の世である。
そうした中、自前主義で知られるトヨタも世界的権威を招聘し、先端研究所を立ち上げるという大胆な一手を打ったのだ。トヨタは、設立後の5年間で10億ドル(約1130億円)投じることを表明。TRIは独自の研究を進める傍ら、マサチューセッツ工科大(MIT)やスタンフォード大学と連携研究センターを設立したり、ロボット工学の非営利団体「OSRF」が立ち上げた営利企業「OSRC」と連携・協力したりと、急速にAI領域で存在感を高めている。
プラットによると、設立から1年経ったいま、約150人の研究者が採用されたほか、日米にあるトヨタの拠点からも約50人が加わり、当初の計画の倍近いスピードで成長しているという。機械学習やシミュレーションの分野で成果が出始めており、その一部は今年の1月に米ネバダ州ラスベガスで開催された「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」でAI技術を搭載したコンセプトカー「Concept─愛i」としてお披露目された。
TRIで研究者たちを束ね、来るAI・ロボティクス社会に備えるのがプラットの役割である。プラットは自分を「本質的には大学教授」と分析するほど、自他共に認める学究肌だ。ベル研究所を経て、MITで教鞭を執ったのち、機械工学系の専門大学オーリン工科大の立ち上げに参画。米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)で勤務するなど、生粋の研究者である。
AIの権威を動かした「作業服」
それがなぜ、引く手あまたの米IT企業大手ではなく、日本の自動車会社を選び、CEOという職責を引き受けたのか。そう尋ねると、プラットはラジオやクルマをいじるのが好きだった過去について語り始めた。
「修理することの利点は、設計した人の意図が理解できるようになることです。過去に生きていた人の頭の中をのぞくような感じかもしれません。なので、トヨタ車を修理するときはとても楽しかったですね。内部を見れば、作り手の気遣いや思慮深さがわかるからです。これは日本の製品全般に言えることだと思います。私は、その職人魂と完璧主義に強く惹かれました」