「東松島食べる通信」に関わっている友人に、「東北食べる通信」編集長の高橋博之を取材すると伝えたら、こんな返信があった。
「登る山の頂は、彼はエベレストで、私は高尾山というくらい違いますが、みなまで言わずとも通じ合える知己朋友です」。
確かに高橋が目指すビジョンは、国や地方自治体すらなし得ない、豊かな価値と可能性に満ちた“地方創生”だ。
29歳で岩手県花巻市へと帰郷した高橋は、県議を2期6年務めた。2011年、東日本大震災の5カ月後に岩手県知事選挙に出馬するも、次点で落選。政治の世界に見切りをつけ、たどり着いた答えが「東北食べる通信」だった。
これは高橋が生産者を自ら取材し、特集した全16ページのタブロイドに食材もついてくる、月額2580円の会員制情報誌。例えば4月号のテーマはきのこで、会員のもとには情報誌となめこやキクラゲなど数種が届く。13年の創刊から約1年で会員数は1400人弱。高橋の「生産物をマーケットで消費するのではなく、生産者と読者とでつくるコミュニティで共有できる価値にしたい」という想いが共有され、広がった結果だ。
食材と届く「東北食べる通信」。2017年春現在の会員数は1450人。
「売り上げや事業拡大が目的ではなかったので、会員数は1500人を上限と決めました。生産物を責任持って届けられるのはそれくらいだし、まして1万人となると顔が見える関係は築けないですから」
ほどなくして社会インパクトを与える施策も見つかる。全国展開だ。ビジョンだけ共有し、地域ごとに独自性を発揮できるモデルを考えた高橋は、一般社団法人日本食べる通信リーグを創設。四国、東松島、神奈川、山形、福島……とその輪が広がり、現在39通信が創刊している。
この「食べる通信」がユニークなのは、食べて終わりではないところ。まずフェイスブックの読者限定グループページに登録した読者が「ごちそうさま」などの投稿をすると、生産者から丁寧な返信がある。次に生産者が来場する交流会に参加するようになる。今度は生産現場に行きたくなり、出荷の手伝いをし、夜は酒を酌み交わす。ついには「もし東京で震災が起きたら、うちに来い」といわれるまでになるのだ。
実際、夫婦になった例もある。NY生まれ、慶応大学出身、東京の映像会社でバリバリと働いていた女性が、下北半島の漁師と出会って結婚した。
「漁師というのは、生き物の命を奪っているという責任と、もしかしたら死ぬかもしれないというリスクを同時に背負っている。その生き様のすごみに圧倒されるんです。自分の思い通りにならない自然を相手にしているから、口下手な人が多いけれど、確固とした哲学がある」。
となれば、彼らを長時間取材して8000字もの物語に昇華する高橋は、その哲学の翻訳者だろう。
高橋のビジョンはついに海を超えた。著書『だから、ぼくは農家をスターにする』の翻訳本を読んだ台湾の女性から「台湾版を創刊したい」との連絡があったのだ。4日で7カ所を回ったという座談会会場は、どこも100人を超える人で熱気に溢れていた。韓国でも同様の動きがあるという。
左が台湾の楊璨如さん。背後のポスターに書かれた「治世先治食」は、「東北食べる通信」のメインコンセプト「世なおしは、食なおし。」の中国語訳
「最近『早く行きたいならひとりで行け。遠くに行きたいならみんなで行け』という言葉を教わったんです。僕らが目指す“生産者と消費者が連帯する理想の社会”は、いまの日本の消費社会から見ると遥か彼方にある。でも、みんなで行けば、いつかたどり着くんだと信じています」
「食べる通信」の魅力は、共感した人であればいつでもどこでも(創刊または読者を)始められること。冒頭の山になぞらえれば、“誰もが登れる高尾山”だからこそいいのである。