ボストンから電車でおよそ1時間。ロードアイランド州プロビデンスにRISD(リズディ・Rhode Island School of Design)はある。
ペインティングや彫刻などのファインアートから、家具やグラフィックなどのデザインまで16の専攻があり、「美大のハーバード」と評される名門校だ。エアビーアンドビーのふたりの創業者を輩出したことで有名なRISDのインダストリアル・デザイン・コースを訪ねたのは、アメリカのイノベーティブな人材を数多く輩出している学校だと耳にしたからだ。
同コースの高瀬文子准教授を訪ねて古いレンガづくりの校舎へと入ると「ウッド」の授業の最中だった。その予想外の風景に驚かされる。木工用のハンディルーターの使い方を丁寧に教えたあと、合板を曲げる加工に取り組んでいる。
「ウッド」とは木工の授業で、IとIIに分かれている。Iはノコギリやノミやカンナを使ういわば産業革命前の手工業的な加工を実践し、IIはモーターのついた機器を使う。同じく金属加工の「メタル」という授業があり、こうした木工と金工だけで週10時間も使っているのだ。
高瀬はこう説明する。
「インダストリアル・デザインを専攻した学生は、1年間スケッチやドローイング、モデリングなどの基礎を学んだ後、2年目でこの授業をとります。3年次以降はユーザー調査や分析のことなど“デザイン”をしなければなりませんが、この授業ではそういった要素はさほど重要ではありません。素材の特性、機材の使い方、製造工程などを中心に学びます」
エアビーアンドビー創業者を輩出したデザインの学校だから、見たこともないようなカリキュラムで教育をしているのだろうという、勝手な想像は完全に裏切られた。木工に精を出す学生たちを眺めながら、クラフト技術を身につけた学生がどうやってテックベンチャーの創業者になっていくのかと疑問が浮かぶ。高瀬准教授と、インダストリアル・デザインの学部長を務めるチャーリー・キャノン准教授に話を聞いた。
「RISDでは『クリティカル・メイキング』という考え方を大切にしています。ものをつくるスキルやプロセスを学びながら同時にクリティカル・シンキングのプロセスも学んでいるのです。これはいわゆるデザイン・シンキングとは真逆のアプローチです」と、キャノンが話すのはRISDの教育の大方針である「クリティカル・メイキング」だった。
「ビジネスの文脈で語られるデザイン・シンキングはデザイナーのためのものではありません。デザイナーの思考プロセス(Thinking)を、デザイナーではない人たちが、ビジョンや戦略などのデザイン以外の分野にも応用するプロセスだといえるでしょう。一方、RISDで行われているクリティカル・メイキングは手を動かしてものをつくる体験(Making)から、デザイナー自身が、クリティカル・シンキングのプロセスを身につけていくものです」
木材加工を通して学ぶのはインダストリアル・デザインの基礎的な知識や技術だけではない。「失敗を繰り返すなかで、自分なりの方法論やプロセスを見つけていくのです。学生たちはデザインに取り組む姿勢を体験的に学び、MakerでありThinkerになっていきます」と、高瀬は語る。