だが、仮にそのTPPに加盟していれば、例えばベトナムが米国産のバイクにかける74%の輸入関税は、撤廃されていたかもしれない。ハーレーのマシュー・レバティック最高経営責任者(CEO)は昨年、米国の加盟を訴え、公然とロビー活動を行っていた。トランプが公平な貿易の実現を訴えるためにハーレーを持ち出すのは、事実から考えればかなり無理のある主張だといえる。
関税率は確かに高いが──
アジア各国が外国産のバイクに課す関税は確かに高い。ベトナム以外を見ても、タイが60%、インドネシアが40%、中国とマレーシアが30%などとなっている。さらに、インドの関税率は100%だ。
インドが輸入バイクなど一部の製品に100%の関税を課すのは、外国メーカーにインド国内での工場建設と生産、自国民の雇用を求めるためだ。ハーレーもまた、同国に設置した工場で同国市場向けの生産を行っている。
つまり、同社はインドでの販売において、関税の影響を受けていない。2011年にインド工場の操業を開始した際、同社は進出の理由に同国内での事業の強化を挙げたが、関税については言及しなかった。それでも、高い税率の影響が進出の背景にあったことは間違いない。
インドはバイクメーカーにとっても巨大な市場だ。バイクとスクーターを合わせた販売台数は、年間およそ1650万台に上る。ハーレーの市場シェアは1%以下だが、それはインド国民の大半が求める種類のバイクを生産していないためだ。
ハーレーは外国での販売に対する依存度が高い。昨年の同社の売上高のうち、40%は米国以外で稼ぎ出したものだ。また、各国の高い関税率にもかかわらず、アジア太平洋地域での販売台数は昨年、過去最多となる約3万3000台に達した。「最も高級」なバイクを手掛けるメーカーの1社としては、悪くない業績だ。
トランプが中国を利する「皮肉」
皮肉なことにそのハーレーは、トランプがTPPからの離脱を決めたことによる最大の敗者だ。そして、最大の勝者は中国だということになる。米国がTPPに加盟しなければ、環太平洋地域の貿易を支配することになるのは中国だからだ。
ミシガン大学ロス・スクール・オブ・ビジネス経営戦略学科のリンダ・リム教授は、中国が設立したアジアインフラ投資銀行や同国が掲げる野心的な現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」は、米国の(TPP加盟見送りによる)アジア地域からの撤退によって、「さらに力を得ることになるだろう」と指摘している。
トランプはハーレーを、自らが掲げる「公平な貿易政策」のシンボルとして扱っている。そのトランプと共にスポットライトを浴びるレバティックCEOの表情が、不安げに見えるのも無理はない。大統領はすでに一つ、ハーレーの助けになっていただろう協定を「殺して」しまったのだ。