神戸学院大学の武田真莉子薬学部教授は、口から飲んだ薬を患部に届ける「ドラッグデリバリーシステム」の開発に取り組んでいる。
近年、バイオテクノロジーの進歩によりさまざまな新薬が開発されているが、その多くは分子量が大きく経口摂取では吸収できないため、注射で投与される。武田教授は「注射にはさまざまなデメリットがあるのです」と言う。
その最たるものが“痛み”だ。糖尿病は病状が進むと、毎日インシュリン注射による血糖値コントロールが必要になる。医療機器が改良されても、この毎日の注射の痛みは患者にとって大きなストレスだ。そのせいで治療の開始が遅れることすらある。
一方、経口薬は痛みがなく、注射に比べて患者の負担は軽くて済む。保存や持ち運びのストレスからも解放される。また口から飲んだ薬は小腸で吸収され、すみやかに肝臓に届く。武田教授によれば「肝臓をターゲットとする薬を飲み薬にすると、注射で薬が全身に広がって起こる副作用を軽減できるというメリットもあります」。
注射を全て「飲み薬」に置き換えることができれば、ほかにもさまざまなメリットが期待できる。
例えば伝染病予防ワクチン。現在は、ほぼ注射で接種されている。しかし、これが経口薬で代替できれば、薬液の冷蔵保存や注射針の交換、注射を実施する医師や看護師の人的コストを、世界規模で削減することが可能になる。
武田教授は長年、インシュリンの経口摂取を研究してきた。この20年で、吸収率を0.1%から20%まで高めることに成功し、現在は国内外の大手製薬メーカーと共同でさらなる研究を進め、数年以内の臨床試験を目指している。
2015年4月には、一般に治療薬が届きにくい脳の内部に、的確に治療薬を届ける技術の開発にも成功。ウイルスが作る特有のたんぱく質分子に潜む、膜透過能を持つアミノ酸配列「膜浸透ペプチド」を利用したもので、これを薬物に混ぜて、鼻の奥の粘膜を通じて脳に直接送り込むのだ。
この方法を使えば、脳の深部にある海馬や視床下部にも薬を届けられることが実証されている。アルツハイマー型認知症や脳腫瘍などの治療への応用が期待されており、複数の大手製薬企業との共同研究で、近い将来の実用化を目指している。
注射なしであらゆる病気が治せる時代は、すぐそこかもしれない。
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