その仕事とは、「召使い」である。
私のご主人様はとても気難しい。
「今朝のご機嫌はいかがだろうか」「きのうの夕食がお気に召さなかったのだろうか」。言葉をかけても、ご主人様は答えてはくださらない。こちらはただただ気を揉むばかりだ。
でも、私とご主人様は固い絆で結ばれている。だって、言葉を交わすことがなくとも、ご主人様は時折、まるでテレパシーのようにその意思を伝えてくるのだから。
え? さっきからお前がご主人様と呼んでいるのは、いったい何者かって?
失礼。申し遅れました。私のご主人様の名前は、「微生物」と申します。
「あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた」(河出書房新社)は、衝撃的な事実を私たちに教えてくれる。この本を読み終えた後は、はっきりいってあなたの世界観はガラリと変わっているはずだ。それほどまでのコペルニクス的転回を読む者にもたらしてくれる一冊である。
著者のアランナ・コリンは、「あなたの体のうち、ヒトの部分は10%しかない」と言う。
このエキサイティングな物語が始まるのは、2000年の5月のことだ。ニューヨーク州のコールド・スプリングス・ハーバー研究所のバーでくつろぐ科学者たちの間で一冊のノートが回されていた。
ノートに次々に書き込まれていたのは、各人が予想するヒト遺伝子の数。当時、世界各国の研究機関が連携してヒトゲノム・プロジェクトが進められていた。はたしてヒトが保有する遺伝子の数はいくつあるのか、科学者たちはそれぞれの予想をノートに書き込むゲームに興じていたのである。
遺伝子には、生物を構成するタンパク質をつくるための情報が蓄えられている。ヒトという生き物の複雑さを考えれば、遺伝子の数はかなり多いと考えるのが普通だ。ちなみに極めて単純な生物である線虫の遺伝子は2万500個である。ヒト遺伝子の科学者たちの予想平均は5万5000個で、最高は15万個だったという。
2003年、ヒトゲノムの解読が終了した時点で答えが判明した。その結果は驚くべきものだった。なんとヒトの遺伝子の数は、線虫とほぼ同じ、2万1000個に過ぎなかったのである。
ではなぜヒトはこれほどまでに複雑で高度な身体メカニズムを手にすることができたのか。