ファイザーとアラガンのインバージョン合併により、新会社となるファイザーPLCは年間の税負担が数十億ドル軽減される上に、現在は海外留保利益として米国で課税対象となるため海外に置いたままの資金も利用することができるようになる見込みだ。このインバージョンについては、民主党・共和党両陣営の大統領候補が批判する立場を表明している。しかし、実際にこういった案件の行く末を決定するのは、ヒラリー・クリントン、バーニー・サンダース、ドナルド・トランプといった大統領候補ではなく、一般投資家や、今回の合併を非難しているカール・アイカーンのような大口投資家なのだ。実際に、おもしろい現象が起こっている。
ウォール・ストリートでインバージョン案件がすんなり成立しなくなっているのだ。
バージニア州アーリントンに本拠地を置くコンサルティング会社タワーズ・ワトソンの株主に、ロンドン本社の保険ブローカーウィリス・グループとの180億ドルの合併案についてどう思うか尋ねたら、おそらく誰もが反対の意を表明するだろう。株主の支持を得られない中、ウィリス・グループとタワーズ・ワトソンは、11月中旬、大きな税負担軽減につながるインバージョン合併について、賛否を問う採決を行うべく株主総会を開いた。
ウィリス側がタワーズ・ワトソンを買収する形をとることになっているが、核になっているのは成長率が高く市場の評価も高いタワーズ・ワトソンであることが徐々に明らかになってきた。しかし、タワーズ・ワトソンがウィリスを買収すると、節税効果がなくなってしまうのだ。現在、タワーズ・ワトソンの株主に特別配当を出すことで納得を引き出し、妥結へと持ち込めるかは依然として不透明な状態である。ミズーリ州セントルイスに本社を置く農業バイオ化学大手モンサントでも、スイスの同業シンジェンタと本社のジュネーブへのインバージョン移転を伴う合併話が浮上したことがあった。その際、同社の株主が激怒、交渉半ばにして挫折するに至った。モンサント株主は、合併を実現するにはシンジェンタ獲得のために激しい入札合戦も避けられない上、節税以外の戦略的メリットがはっきりしない提案であるとして反対したのだ。
既にインバージョン移転を行った企業でも、投資家が節税以上のメリットを求めていることが明らかになった事例もある。
米医薬品メーカーペリゴの株主が、アイルランドの大衆薬大手マイランからの260億ドルでの買収提案を拒絶したのだ。同社は2013年に同じくアイルランドのバイオ医薬品メーカーエランを86億ドルで買収してダブリンに本社を移して節税効果を得ており、マイランによる買収が成立すれば更なる節税効果が見込まれていたにも関わらずである。具体的には、直近の四半期決算上マイランの実行税率は6%前後であるところペリゴは10%台の半ばだった。
こうした破談や失敗の事例がファイザーのアラガン買収にも暗い影を落とす。
ここで、株主らは観念的な理由や、インバージョンや法人税率の低い国探しといった節税行為を嫌悪して買収に反対しているのではない、ということを強調しておきたい。節税を最重要視していないというだけである。インバージョンを行うには、節税にとどまらない戦略があること、価格が公正であること、合併の価値が将来的な節税額に偏重して考えられないことが求められているのだ。
このインバージョン合併が成立すれば、ファイザーは数十億ドルに上る税負担が軽減され、銀行口座に溜まるばかりだった現金も使用することが可能になる。しかし、アラガンと統合するには多大なリスクも伴う。アラガンは製薬業界でファイザーと共に増益を続けてきたコスト管理重視の会社であり、何年もリストラに取り組んできた業界の大手でもある。また、アラガンの株主にしてみれば、アラガンの優良株が、ここ数年見劣りしているファイザー株になってしまうことも火種だろう。
アラガンの株主がファイザーによるインバージョン合併に反対することも十分に考えられる。節税がモラルに反するからということではなく、独立経営戦略を続けて欲しいという希望からである。
更に、私財1億5,000万ドルを投じてインバージョンの規制を働きかける政治活動特別委員会まで設立している富豪投資家のカール・アイカーンだが、彼がファイザーのインバージョン案に本気で腹を立てたら、政治の力よりもウォール・ストリートの力を利用することになるかもしれない。例えば、アイカーンの敵であり友人でもあるビル・アックマンが、後発医薬品大手アクタビスのアラガン買収を後押しする目的で、アラガン株を数十億ドル買い入れたことがあった。巨大な力を持つ物言う株主が反対の動きを見せることで、ファイザーの合併案も急激に冷え込んでしまう可能性があるのだ。