ニューヨークタイムズの記事は、次のように始まる。
オバマ大統領は、同政権が11ヶ国と交渉したTPPは、ベトナム、マレーシア、メキシコなどの途上国の労働基準を向上させると述べている。同協定は、その内容が今月初めに公表され、大統領が約束したようになる可能性があるものの、実際にそうなるかは、TPP参加国や将来の大統領が、協定をどう運用するかにかかっており、オバマ大統領はコントロールできない。
最初の文は正しいが、後半は正しくない。確かに、協定全体として、時間が経てば労働基準を改善するが、それがどう運用されるかとは殆ど関係ない。同紙は、続けて言う。
オバマ政権高官は、これまでの協定と比較して、労働基準で進んだ内容となっていると述べている。例えば、TPPの労働関連部分では、12ヶ国全てに、最低賃金、労働時間、労働安全に関する規制を設けるように規定している。これは改善ではあるものの、協定では、各国がどのように最低賃金を定めるか規定していないので、実際は見かけ倒しに終わる可能性もある。安全規制についても最低基準を設定しているわけではない。
これは、基準がどのように改善するかを理解していないとしか言いようがない。同紙は、これらを改善するのは、政府、すなわち賢明な規制当局の介入であると考えているが、そうではない。社会が豊かになるにしたがって、自然とそうなるのである。
一例を挙げれば、96%のアメリカ人は現在の政府が決める最低賃金よりも高い賃金を得ている。それなのに、米国における賃金が政府の最低賃金によって決定されると考えるべきだろうか。米国では、どうやって実際の最低賃金を決めているのか。言うまでもなく、誰も決めていない。賃金は、基本的に労働に対する需要と供給の関係で決まると認識されている。
そして、ある国の賃金水準は、ポール・クルーグマンが指摘しているように、その国の生産性の水準によって決まる。生産性が高ければ、平均賃金も高くなる。クルーグマンが言うように、もしベトナムの労働者が米国の労働者と同程度に生産的であれば、彼らはアメリカ人並みの賃金を得るだろう。そして、それは、彼らの賃金が上がることを意味しているのであり、我々の賃金が下がるわけではない。
ここで、もう1点付け加えるとすれば、安全基準は元より、我々の労働環境において、例えば快適な椅子があるかだとか、有給休暇、医療保険などはすべて、賃金の一部であるということだ。これらは、雇主にとっては仕事を行う上での費用であり、つまり、我々の賃金なのである。
以上を理解した上で、TPPに参加している貧困国の労働条件について、見てみよう。TPPは、貿易を増加させる。貿易が増えることによって、参加国は皆一層豊かになる。ここでの議論で一番重要なのは、貿易によって、貧しい人々がより豊かになるということだ。分業と特化によって、労働の生産性は向上する。分業し特化できるほど、我々は一層豊かになる。
このようにして、貧しい労働者は、TPPによって、より豊かになる。つまり、彼らの賃金が上がるということだ。賃金上昇とはつまり生活水準の向上を意味する。上昇する収入の一部が、職場での安全向上に使われるのである。ちょうど賃金が上昇するにしたがって、より多くの休暇を取るようになるのも同じことだ。これは、逆方向にも働く。木こりやトロール船で働く人などは、仕事に伴う危険の代償として、より高い賃金を得るようになるのである。
そして、このようにして、TPPは、これら貧困国の労働条件を改善するのである。規制や、賢明な役人が命令してそうなるのではない。むしろ、TPPが貿易の拡大につながり、貿易の拡大によって所得が上がり、上昇した所得の一部が、労働条件の改善なのである。この効果に比べれば、労働条件について書かれたルールは、大した意味を持たない。
このように、我々は、TPPにおける労働保護について、大騒ぎする必要は全くない。その労働条件に対する影響は、貿易自体の増加による効果と比較すれば、無に等しい。そして何よりも、これらの労働保護が不十分だからといって、TPPに署名すべきでないなどと言わないことだ。