テクノロジー

2015.08.27 07:30

アマゾン、Visaを支えるセキュリティ企業タニウム 日本進出を本格化

Forbes JAPAN

Forbes JAPAN


どこからともなく現れたある父と息子のコンビが、誰よりも賢くネットワークをハッカーから守る方法を開発し、評価額17億5,000万ドル(約2100億円)もの会社を築いた。その企業の名はタニウムという。

かつてマイクロソフトでWindows事業を率いたスティーブ・シノフスキーはAndreessen Horowitzのパートナーたちで溢れる会議室で初めてタニウムのソフトウェアを見た。その場にいた全員が、最初はトリックだと思ったという。「実物を作るのにどれ位の時間が掛かるか聞いたんだ」とシノフスキーは話す。

父子は、共同でタニウムを創業し、サンフランシスコ湾を望むエメリービルを拠点に製品作りに打ち込んできた。このソフトはGoogle検索に似たインターフェースで、スピードも同じくらい早い。シノフスキーらに披露した段階で既に開発を完了しており、カリフォルニア中の病院のネットに接続されたデバイスのセキュリティ状況を瞬時に精査し、結果を表示して見せたのだ。

「あれほど凄いものをそれまで見たことがなかった」と今ではタニウムの取締役を務めるシノフスキーは話す。「現実離れした体験だった。我々は皆、セキュリティの領域については、十分知識があると思っていたが、そうではなかった」

国防総省やナスダックでも使われるタニウム

天才的な頭脳を持つ息子のオリオン・ヒンダウィは、35歳。カリフォルニア州バークレーで生まれ育った。70歳になる父親のデビッドはイラク出身で、イスラエルを経由してアメリカに移住した。1997年に彼らが創業したBigFixは2010年にIBMに4億ドルで買収された。新たに立ち上げたタニウムは、一度に何千台ものデバイスのセキュリティ状態をスキャンし、管理するサービスを提供している。顧客企業にはVisa、Amazon、Best Buy、アメリカ合衆国国防総省、Nasdaqなど、名だたる企業や組織が名を連ねる。

タニウムを使うと、ネットワーク管理者は、デスクトップ、ラップトップ、サーバ、レジから心拍数モニターまで、ハッカーの侵入経路となり得る全てのデバイスのセキュリティ状況を瞬時に把握することができる。
「我々の顧客の大半は、何台のパソコンを所有しているか聞いても答えられないことが多い。そのような状況では、個々のパソコン上でどのようなプログラムが動作しているのか、使用者がどこにいるのか、データがどこに保管されているのかといったことを把握できている訳がない」とオリオンは語る。

ヒンダウィ親子は、自分たちが大きな可能性のあるビジネスに取り組んでいることをよく理解している。2014年の春以降、大手保険会社のAnthemやHome Depot、JPMorgan、ソニー・ピクチャーズからサイバー攻撃によりデータが漏えいし、大きな被害を受けた。

アメリカで最大規模の銀行のCEOは、3月にオリオンと面談した際、次の様に述べたという。「一夜にして自分の銀行を破壊することが可能な脅威は、隕石、核兵器、ネットからの侵入の三つだ」
さすがのタニウムも最初の二つのリスクに対しては無力だが、「我々が置かれた状況は、恐ろしいクマに追いかけられているのに似ている。私の仕事は、我々のスピードを加速させることだ」とオリオンは話す。

P2Pの仕組みを利用したセキュリティ管理

タニウムは、顧客のシステムの中枢神経のような働きをする。システムを素早くスキャンし、不審な動きやプログラムを察知すると報告する。Symantecや、IntelグループのMcAfeeも似たサービスを提供しているが、エンドポイントの状況を一台一台確認するためには、大型のサーバを設置する必要がある。これは、数十万人もの人からデータを集めるために、巨大なコールセンターを設置するのに似ている。これに対し、タニウムはNapsterやBitTorrentに似た、ピアツーピアのシステムを用いている。ネットワーク上の端末同士が情報をリレー方式で伝達し、サーバも一台で済む。

デモの中でオリオンは、Andreessenたちに見せた同じ病院システムの中で、四台の端末がDropboxを使用していることを発見し、嬉しそうに説明した。患者の健康データを扱うシステムでDropboxを使うのは、絶対にNGだとオリオンは言う。タニウムでは、システム管理者が簡単な操作でDropboxのようなプログラムを削除することが可能だ。

Brad Maiorinoが大手スーパーのTargetに、初代の情報セキュリティ責任者として入社した際、最初に行ったことの一つが、タニウムの導入だった。Targetでは、2013年にサイバー攻撃によって顧客4,000万人分のクレジットカードとデビットカードの情報が漏えいしている。
「我々が最も注力したのは、セキュリティ事案を素早く察知し、対応する能力を向上することでした。これを実現するには、企業内の全てのエンドポイントの状況をリアルタイムで把握する必要がありました」とMaiorinoは話す。

親子で起業して年商250億円

タニウムは年商を公表していないが、複数年に渡って支払われる契約金額が、2012年は200万ドル、2013年は2,400万ドル、昨年は7,400万ドル、そして今年は2億ドル(約250億円)に増える予定だという。今や全米の企業で売上高上位100社の半分がタニウムを採用し、その中には銀行の上位10社のうち5社、小売業の上位10社のうち4社が含まれている。

タニウムの財政は健全なため、当初は外部資本の受け入れに関心は低かった。しかし、Andreessen Horowitzが提供したコネクションによって、僅か三ヶ月で1,000万ドルの契約を獲得したことで、ヒンダウィはAndreessenから出資を得ることを決断した。昨年8月には評価額9億ドルで9,000万ドルを、そして今年3月には17億5,000万ドルの評価額で5,200万ドルを受け入れた。総額1億4,200万ドルの出資は、Andreessenにとって一企業に対する出資額としては最大だ。デビッドとオリオンの親子は、今でも株式の60%以上を保有しており、Andreessenから受け入れた資本金には手を付けていない。

シリコンバレーで成功者の地位を勝ち取ったヒンダウィ親子だが、そのルーツはイラクにある。デビッド・ヒンダウィは、六歳の時に両親とイラクのバグダッドからイスラエルに移住した。大学卒業後は、1967年の六日間戦争でイスラエル空軍のために空爆任務の遂行を手助けしている。その後、アメリカのカリフォルニア大学バークレー校に留学し、オペレーションズ・リサーチの博士号を取得した。

オペレーションズ・リサーチとは、データ解析により複雑な問題を解決する技術だ。1986年に通信用ソフトウェアを開発するSoftware Venturesという会社を立ち上げた。1997年にはセキュリティパッチを提供するBigFixを創業し、セキュリティ事業に参入した。デビッドは、最高レベルの頭脳を持った開発者を雇用したが、その中には、当時17歳の息子オリオンが含まれていた。オリオンは高校二年生にして、既に大学の授業を履修していた。




オリオンは1997年に父親と同じカリフォルニア大学バークレー校に入学したが、その時には卒業に必要な120単位のうち、110単位を既に取得していた。オリオンにとって大学は退屈で、授業をさぼっては父親や会社の開発チームと会っていた。オリオンは必修科目の計量経済学と、選択科目の体育の単位を取得していないため、まだ大学卒業の資格を得ていない。これについて、父親のデビッドはとても残念がっているという。

BigFixは、2010年にIBMに買収され、父子は大金を手に入れた。二人は、投資家たちの干渉に腹を立て、買収の三年前に経営から退いており、新しい事業の立ち上げを熱望していた。デビッドが息子オリオンをリクルートしてから10年後の2007年、息子が父親に新しい事業のアイデアをプレゼンした。それがタニウムだった。

現在はデビッドがCEOを務めているが、会社の持ち分は対等で、二人の仲は驚くほど良好だ。デビッドはCTOを務めるオリオンのことを、「短気で気まぐれな若者になる時がある」と評している。息子は、父親の評価を冷静に受け止めている。週末になると父親と二人で散歩をしながら戦略を語り合っている。
「共通の趣味が野球という親子もいるが、我々の場合は企業向けソフトウェアなんだ」

ヒンダウィ親子は、BigFix時代からのエンジニア12名とタニウムをスタートした。最初の5年間はプロダクトの開発とテストに専念した。2012年にMcAfeeと業務提携し、ようやく製品の販売に漕ぎつけた。二年後、Hindawi親子はMcAfeeと袂を分かち、McAfeeのアメリカにおける営業責任者を引き抜いて、自前の営業部隊を立ち上げた。社員数は毎年倍増し、2014年の初めに45名となり、今年の12月には370人になる予定だ。

これまで顧客企業は、セキュリティパッチを配布したり、ソフトウェアをアップデートするなど、「ネットワークの衛生状態を良好に保つ」ためにタニウムを使ってきたとOrionは話す。タニウムの一社当りの契約金額は、最初の三年間で100万ドルを超えるが、顧客のセキュリティ対策にとって不可欠な存在となるためには、提供するサービスの幅を広げる必要がある。
「政府や企業が直面する脅威は、危機的なレベルに到達している」と調査会社FBR MarketsのシニアアナリストであるDaniel Ivesは話す。
「今は十年に一度のチャンスだ。サイバーセキュリティへの支出額は200億ドル。IT業界全体が3%しか成長していない中、セキュリティ業界は年率30%で成長している」とIvesは言う。

日本、イギリス、オーストラリアへも進出したタニウム

今こそ、タニウムが手を付けていない1億6,000万ドルのキャッシュを活用する時だろう。ヒンダウィ親子は、開発チームにセキュリティ対策の新たなサブスクリプションサービスを開発させ、営業チームに販売させなければならない。最近リリースしたツールは、セキュリティリスクのデータを統合し、サイバー攻撃の兆候を感知すると、直ちに対応することを可能にした。ITマネジャーは、サイバー攻撃を受けてから数分で、端末を隔離してユーザーに警告を発し、パッチの配布やファイルの削除を行って、ハッカーの行動を妨害することができるようになる。

2015年におけるもう一つの注力分野は、オーストラリア、イギリス、日本で大型契約を獲得することだ。タニウムは、東京でたった三ヶ月の営業活動により、2,000万ドルの新規契約を獲得した。こうした成果を受けて、ヒンダウィ親子は更なる成長に向けて一層の力を入れている。
「海外の企業も、アメリカの企業と同じくらい脅威を感じているが、高度なテクノロジーがアメリカよりも少なく、魅力的な未開拓市場だ」とオリオンは話していた。

文 = ブライアン・ソロモン(Forbes)/ 編集=上田裕資

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事