授業をやるうちに、学習塾の世界にますますのめり込んでいく。
「受験で合格すると、お母さんや子どもと一緒に自分も泣いて喜べたんです。それまでのバイトで、そんな経験をしたことは一度もなかった」
実家がカメラ店で、就職はキヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)に決まっていた。しかし親の反対を押し切り、無名だった早稲アカに入社。30代で本社勤務になり、マネジメントにも魅せられた。
「当時1000人規模の夏期合宿の責任者になり、バスや宿、スタッフ研修の手配を経験して、自分はこっちも向いているぞと(笑)」
以後マネジャーとして頭角を現すが、教壇にも立ち続けた。社長就任直前まで、早実を目指す小6の算数を担当。本人は「子どもたちのニーズをつかむのに役立った」とマーケティングの側面から語ったが、現場にいる意味はそれだけではない。
「教室には不合格の悔し涙もたくさんあります。ただ、人生はそれで終わりじゃない。子どもたちがその先も立ち上がって頑張れるようにすることが大切。教室にいると、そのことを実感します」
山本が成績向上と同時に本質価値を追求する経営方針を掲げるのも、教育者としての顔をもち続けていたからなのだ。
学習塾は少子化で冬の時代を迎える。多角化に活路を求める競合もあるが、山本は「教育」にこだわる。
「市場が縮小しても、シェアの拡大やLTVの最大化でさらなる成長は可能です。最近はテストの成績推移や授業の遅刻回数など120あまりの要素をAIで分析して、退塾の予兆を早期発見して対応する仕組みを導入。長くつきあってもらえる塾を目指します」
今シーズンもそろそろ中学受験が佳境に入る。来春の手ごたえを聞くと、山本は力強く展望を語った。
「来春にSAPIXさんを抜くことはさすがに難しいですが……。しかし差は縮めたいし、いつかは逆転してナンバーワンになります。私はいつも“本気”です」
やまもと・ゆたか◎1963年、長野県生まれ。87年に早稲田大学第一文学部を卒業後、学生時代からアルバイト講師を務めた早稲田アカデミーに入社。早稲田校校長、取締役運営部長、専務取締役運営本部長などを経て2020年3月から現職。