お金は、小さな額でも社会を変えるインパクトを持っています。2006年にノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌスの著書『貧困のない世界を創る』には、それを具体的に体現したエピソードが語られています。私が社会起業家の育成、支援を行っているのは、草の根の人たちが考え、声を出し、行動することで世の中が変わる「参加型経済」が理想だと考えているからですが、その活動を精神的に支えてくれているのが本書です。
ユヌスは、1983年にグラミン銀行を設立して無担保・低金利の少額融資を始めましたが、その前は自分のポケットマネーを使って貧しい人々を支援していました。お金は社会に参加するパスのようなものです。ユヌスにとっての融資は、チャンスさえあれば社会的に成長していける可能性を持った人々への応援の意味を持っています。
貧しさが原因で教育を受けられない人や、あるいは満足に子育てができない女性に対して、経済活動に参加していく機会を与えれば、結果的に社会全体が向上します。一人ひとりへの融資は、大企業への融資に比べればはるかに少額ですが、そこから生まれる結果はとても大きなものになる。ユヌスのような発想は、少額でもパワーを持った道具になりうるという点で、お金の価値を変えたのです。
ユヌスは本書で「人間の根深い特性の一つは、他の人々のために良い行いをしたいという願望だ」と語っています。人間の根源的な欲望を満たしてくれる彼の事業内容に多くの人が惹きつけられ、今ではグラミン銀行に世界中の人々が投資しています。今は情報化社会ですから、ユヌスのような理想的な活動はすぐに世界中に広まります。
少額の融資から始まった彼の活動も、続けていくうちに世界中の人々の共感を呼び、結果的に彼の元にはたくさんのお金が集まってきた。ポケットマネーからノーベル賞受賞へと、ユヌス自身の人生も大きく変わったわけです。人に愛されることが、自然とお金に愛されることにつながるのです。
この価値観を実行しながら語っているユヌスであれば、哲学的に説いているのがドイツの作家ミヒャエル・エンデです。河邑厚徳著『エンデの遺言 ―根源からお金を問うこと』では、世界金融システムの中で商品化されてしまった通貨の通念を、根本から問い直そうとしています。お金で大切なことは額ではない。どのように使うかです。どう生かしていくかで社会が変わると、ユヌスと同様にエンデも考えていたのです。
08年のリーマンショックを代表とする数々の経済危機や環境問題などを経験して、20世紀以降続けられてきた、短期で功利的に儲けようとするやり方では経済が破綻してしまうことが明らかになりました。
現在では、長期的、かつ多くの人を取り込んだ形で、投資やビジネスを設計すべきという見方が強くなってきています。
ユヌスやエンデのような、「お金は『額』ではなく、『中身』であり、それによって世界は動かされる」という考えはこれからますます見直されるでしょう。
『貧困のない世界を創る』
ムハマド・ユヌス/著、猪熊弘子/訳
マイクロクレジット(無担保小額融資)で貧困撲滅を目指す著者が、1983年にグラミン銀行を創設して以降に取り組んできた仏ダノンとの合併による「グラミン・ダノン」の例をあげながら、ソーシャル・ビジネスについて語る。(早川書房/2,100円+税)
『エンデの遺言―根源からお金を問うこと』
河邑厚徳、グループ現代/著
ファンタジー作家として知られるミヒャエル・エンデのお金への思索は、名作『モモ』から始まる。事例や寓話により貨幣経済の仕組みと問題を分かりやすく説明。お金への問題意識が込められ、現在も通用する究極の哲学書。(講談社/838円+税)