これは、タツノオトシゴと近縁種2種以外の脊椎動物には見られないユニークな特徴だ。そして生殖の役割が逆転した背景には驚くべき事実がある。
ほとんどの動物は、メスが妊娠・出産という大仕事を引き受け、育児も担う。だがタツノオトシゴの場合、そうした負担の大きな役割はオスに任されている。
この現象は生物学における従来の通説を覆すもので、何十年もの間、科学者たちの興味をかき立て、その背景にある進化論的・生態学的・遺伝学的要因について広範な研究が行われてきた。
タツノオトシゴのオスが出産するという現象は、無数の脅威が存在する水の世界における適応、種の存続、回復力の物語だ。この驚くべき適応を研究することで、種を存続させるために長い時間をかけてどのように進化してきたのか、より深い理解を得ることができる。
自然界で最もユニークな父親
ヨウジウオ科タツノオトシゴ属のタツノオトシゴの生殖器は、動物界で最も変わったものの1つだ。オスのタツノオトシゴの腹部には特殊な育児嚢(のう)があり、子宮のように機能する。繁殖期になると、メスは卵を直接オスの育児嚢に産みつけ、オスが受精させる。卵が産みつけられたときからオスが卵の世話係となり、哺乳類の妊娠に驚くほどよく似たプロセスで胚を育てる。
「オスの妊娠」として知られるこの適応はユニークなだけでなく、非常に複雑だ。その間、オスは発育中の胚に酸素と栄養を供給し、発育に理想的な環境を整え維持する。同時に、生まれくる稚魚が過酷な海で生きられるよう育児嚢の中の塩分濃度を調整する。
専門誌『モレキュラー・バイオロジー・アンド・エボリューション』に2015年12月に掲載された論文によると、この育児嚢には血管網と組織があり、オスは胚が成長できる環境を維持して胚に栄養を与えながら保護することができるという。
現実的でまれな進化の謎
動物界全体を見渡しても、オスが出産を担う生物は3種類のみで、それらはすべて魚類のヨウジウオ科に属している。ヨウジウオ、シードランゴン、タツノオトシゴだ。オスが妊娠するようになった進化については、海洋生物学者が活発に研究を行っている。繁殖の戦略として進化したのではないかと考える科学者もいる。妊娠をオスに任せることで、もしかするとオスとメスの両方が繁殖により多くのエネルギーを投入でき、種の存続の可能性が高まるかもしれない。
また、オスが出産することで、メスは自分で出産する場合よりも早く次の卵を作ることができ、生存率が低い環境でカップルが最大限、繁殖することができる。