主人公の少年チャンホには、北朝鮮からときおり川を渡って訪ねてくるミョンジンという友達がいる。ミョンジンはサッカーが上手なので、チャンホは隣村との試合に出てくれと頼む。韓国に出稼ぎに行った母を除く、祖父と姉の3人暮らしの自宅に彼を招きいれ、食事を与える。村には脱北者を温かくもてなす大人たちも少なくない。
ところが、ひとりの脱北者が羊を盗んだことで、村の雰囲気が一変。そして、試合の前日、ミョンジンは警察に捕まってしまう。密告したのは、同じサッカー仲間の少年だった。彼の父親が脱北者の逃亡を手助けしたことで逮捕されたため、逆恨みしたのだ。
この作品がユニークなのは、主人公の少年も含め、登場人物の大半は実際の村人たちが演じていることだ。それだけに、古びたオンドル部屋や唐辛子で真っ赤に染まった食事と高粱酒、農作業のシーンなどから朝鮮族の生活実感が伝わってくる。さらには、同じ民族でありながら、国境の川を隔てて暮らす彼らの置かれた特殊な環境が理解できる作品だ。
そして、延辺はロシア国境と接する地域でもある。先に述べた図們江下流域には、中国、北朝鮮、ロシアの3カ国の国境が交わる場所がある。そのため、極東に住む多くのロシア人が延辺に観光や買い物に訪れている。




それについては、筆者の友人で満州族の血を引く金大偉さんのドキュメンタリー映画「天空のサマン」(2023年)に関するコラム「『もう時間がない』消滅寸前の満洲シャーマンのいまを追ったロードムービー」でも書いているとおりだ。
『国境ナイトクルージング』という作品の舞台は、このようにさまざまな多民族が行き交うボーダーワールドだったのである。
監督・脚本:アンソニー・チェン 原題:「燃冬」英語題:「The Breaking Ice」 2023 年製作国 中国・シンガポール 上映時間100分