しかし、VPNのサービスやアプリの大半は、ユーザーの個人データを外部に販売することで利益を得ているのが実情だ。匿名化ブラウザのTor(トーア)を創業したロジャー・ディングルダインは、「ほとんどのVPNが約束するプライバシーは、口先だけのものだ」と述べている。彼によると、VPN企業の多くが顧客のオンラインの活動を記録し、そのデータを販売している。
例えば、「Hide My Ass」という企業は、データの販売を停止するためにユーザーに追加の手順を求めており、デフォルトでプライバシーが保護されているわけではない。
そんな中、この市場に新たに参入したブロックチェーン企業のNym Technologies(ニム・テクノロジーズ)は、顧客のデータを販売せずに、プライバシーを維持できると述べている。スイスを拠点とする同社の創業者のハリー・ハルピンは、「NymVPN」と呼ばれるプロダクトで、ブロックチェーン技術を使用して「自己持続的な経済」を生み出していると述べている。
NymVPNは、ブロックチェーンと暗号資産を活用して現実世界のインフラを構築・維持する分散型物理インフラネットワークのDePIN(ディーピン)のカテゴリに属するプロダクトで、独自のトークンを発行している。このトークンは、ネットワーク内でデータを匿名化する「ミックスノード」と呼ばれるノードを運営する人々に報酬として支払われており、これにより、NymVPNはユーザーデータを販売することなく、運営資金を確保している。
「私たちは、他の企業が持たないテクノロジーを使用しており、人工知能(AI)を使用して監視ツールをかく乱するためのノイズをデータに追加している」と、ハルピンは述べている。
民主化運動「アラブの春」がきっかけ
サウスカロライナ州出身のハルピンは、もともとプライバシーの擁護者になるつもりはなかった。しかし、スコットランドのエジンバラ大学で、AIと大規模言語モデル(LLM)を研究したことが、後の変化につながった。彼は、2009年にコペンハーゲンで開かれた国連気候変動会議のデモに参加した際に、現地の当局に逮捕されたことをきっかけに、プライバシーや匿名性の問題に興味を持ち始めた。そして2011年に、VPNに関する研究を開始した。その背景には、彼の友人の多くがその頃、北アフリカのチュニジアから始まった「アラブの春」と呼ばれる民主化運動に参加していたことが挙げられる。
「私は、自身も秘密警察のターゲットにされた者として、チュニジアやエジプトなどの国々の若者たちが独裁政権に立ち向かう姿を見て、非常に勇気づけられた」とハルピンは語る。
彼は、アラブの春の間にさまざまなVPNを用いて抗議者を支援した後、ワールド・ワイド・ウェブの発明者であるティム・バーナーズ=リーのもとで働き、Google Chromeなどのブラウザをより安全にするための手助けをした。彼はまた、2013年に元NSA(米国国家安全保障局)のエドワード・スノーデンが米国政府による国際的な監視プログラムの存在を暴露したことにも、強い影響を受けたと語る。